最後の書 9
猛烈な速さで駆ける魔馬車に振り落とされまいと、必死でつかまりながら、ローブは叫ぶようにしゃべる。
一方巨人は、涼しい顔だ。
「オデュセウス、あんたはどう思う?」
ローブは魔馬車に尋ねてみる。
だが堅物のオデュセウスは、
「私には、わかりません」
と答えるだけだった。
ローブはくそまじめなオデュセウスと喋るのが、若干苦手だった。
「まぁいい。
ともかく、もう一度女神様に尋ねるしかねぇ。
現世に残る記録はおそらく、もはや女神様の頭の中にしか存在しないんだからな」
数日後、彼らは再びガラシェにやってきた。
先日と同じく防寒着を整え、幾ばくかの食料を背負い、聖地に向かう。
翌日の夕方には、彼らは聖地に到着した。
それほど日が経っていないので、女神のいる氷壁はまだ雪に覆われていなかった。
黄昏の朱色に輝くそれは、幻想的だった。
「今度は本のことじゃねぇ。
ソルドの事だ。
大賢者ソルドが、どういう経緯で、どうなって死んで、今その墓所がどこにあるのか、教えてくれ」
ローブは有無を言わせぬ強い口調で言い放ち、登山の疲れを忘れた様に早足で氷壁に詰め寄った。
氷壁の中でリーファは、少し戸惑った顔をしていた。
「あの、ソルドは…」
「最後の書のことは喋るなって言ったんだろ?」
「あ、はい。
でも、ソルドがどうなったかは…」
「あんたは知ってるんだろ?
最後の書の事は、今はどうだっていい。
ソルドの最期を知り、その墓所を確認したいだけだ」
リーファは答えに窮した。
ローブはその様子を、刃物のように鋭い目で見据えた。
彼はリーファの後ろに、大賢者ソルドの影を見ていた。
極めて緻密に設計されたあの聖典を構築したソルドが、自分の死を歴史から隠した。
しかし、完全に隠したわけではなく、今ローブが辿っているルートで突破できるように、設計されていたとしか考えられない。