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魔帝  作者: 松本 力
最後の書
178/192

最後の書 7

 フェリスは子供のようなふくれ面で、少し伏し目で横を向いた。

いつも穏やかな彼女の別な姿が、ローブを少し和ませた。


「まぁ、呼んでくる」


 ローブはいたずらっ子のように歯を見せて笑い、手をひらひら振って、教会の粗末な入り口から出ていった。


「もう…」


 置き去りにされたフェリスは、一人そわそわしていた。


 二十余年の間、何度も何度も、数え切れないほどに、彼女は死を考えた。

女性としての最低限の誇りを何度も不潔な者たちに踏みにじられ、純潔であるべき司祭としても、もはや自分自身の中で成立しなかった。

自分自身が決定的に矛盾していた。

神に助けを求めることさえ、罪に感じた。

夜ごと首筋にナイフを這わせたこともあった。

粗末な夕食の後、薄暗く狭い教会の食堂で毒の瓶を握り、何時間もじっとそれを見つめたこともあった。


 だがその度に、野太い声が彼女の脳裏に、心に、響き渡った。


『ここはお前の戦場だ。

 祈るのに飽きたら、何かやって見せろ』


 背を向け立ち去る間際、わずかに振り返って言ったその言葉が、いつも彼女を引き留めた。


 彼女は生きた。

地獄をさまようような苦痛と寄り添いながら、生き続けた。

その力が、バザを甦らせた。

彼女のか細い手が、道を掃除し、花を植え、病人に水とわずかな食料を与えた。

ひどく粗末な教会に子供たちを呼び、賛美歌を歌った。

彼女はいつも汚かった。

絶世の美女と言って良いほどの美貌が、すす汚れ、見る影もなかった。

だが、彼女はやがて、それを補ってあまりある、輝く笑顔を手に入れた。

彼女の教会には、花がいつも咲いた。

バザは、彼女の教会を皮切りに、美しくなっていった。

ローブが現れたのはその頃で、彼はバザ再興を彼女に賭け、様々な援助を行った。


 だが彼女は、命がけの努力を重ねた今でも、あの頃と同じ矛盾を抱えていた。


 彼女は今、二十余年の矛盾と、再び向き合う時を迎えたのだ。

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