最後の書 6
ローブの求めに、フェリスは少し奥へ入り、しばらくするとかぐわしい紅茶を淹れて運んできた。
ローブはそれを受け取り、口にふくむ。
「うまい」
春先の肌寒い天気だったから、程よく熱い茶が体に染み渡るようだった。
「シ・ルシオン様はお元気?」
「あぁ、今日は一緒に来てるよ。
呼ぼうか?」
ローブがそう尋ねると、フェリスは少し驚いた顔をし、わずかに目を泳がせたが、やがて首を左右に振り、穏やかに笑った。
「後でね。
そんなことは、あなたの用事が終わってから」
ローブはわずかに絶句した。
「あんたにはかなわない」
ローブは低く言った。
「なに、例の大聖堂の地下にあった古文書さ。
一冊足りないからどこだって女神様に聞いたら、答えられないんだってさ。
参ったよ」
ローブは右手で頭を抱え、金の髪をぐしゃぐしゃ握った。
「大賢者ソルドが禁じたらしくてね。
そのあと女神様もご乱心さ。
あからさまに何かが、あるんだよな。
でもなぁ、手がかりらしいものが何もない」
ローブはぴしゃぴしゃと額を叩き、首を左右に振る。
フェリスは黙ってその様子を見ていたが、やがて言った。
「そうねぇ、ソルド様が戦争のあとどうなったか、ほとんど何もわからないものね。
リーファ様のような精霊でもなく、ドルアーノ様のように戦死されたわけでもないのに、墓所さえわからない。
戦争のあとでわかってるのは、三ツ又槍は真北を指すように、っていう言葉と、神と三つの奇跡を約束した、というお話だけ。
難しいわね」
フェリスは目を祭壇に向ける。
この教会は祭壇が真北で、椅子の間の通路で三つ又槍を作っていた。
トルキスタ聖教の施設には、ソルドの遺言に従って、このような三つ又槍が必ずある。
「だろ?
難し…」
ローブはふと言葉を止めた。
しばらく何かを考え、そして言った。
「俺の用は終わったよ。
旦那を呼んでくる」
ローブがそう言って席を立とうとすると、今度はフェリスが動揺した。
「どうした?」
敏感なローブは、足を止めて振り返り、尋ねる。
「あの、その、えっと、だからその」
「惚れたか?」
「バカ、そんなんじゃないわよ。
あれ以来なのよ。
どんな顔をして会えばいいのか、わからないのよ」