最後の書 5
「軽薄は余計だよ」
ローブは少し安心して、悪態をついた。
「じゃぁな、また来るよ。
行こうか、旦那」
ローブが促すと、それまで一言も喋らなかった巨人は、やはり無言でうなずき、巨大な剣を担ぎなおした。
まだ少しためらっているローブを置き去りにして、聖地を降りようとする。
ローブはあわててその跡を追う。
「あんたから俺たちを呼べたら、いいんだがな。
が、まぁ今日は行くよ」
ローブは軽く手を振り、ようやく後ろ髪引かれるのを引きはがした。
翌夕方には二人は下山し、漆黒の魔馬車オデュセウスのところへ戻ってきた。
「首尾は?」
オデュセウスが尋ねると、ローブは首を横に振る。
「そうか」
苦い顔をするローブに、オデュセウスはそれ以上なにも言えなかった。
「悪いが、バザへ頼む。
頭の整理をしたいんだ」
ローブと巨人は、オデュセウスの馬車に乗り込んだ。
五日後、彼らはバザに到着した。
例によって郊外の目立たない場所にオデュセウスは留まり、ローブと巨人が二人で市街に向かう。
「随分良くなった」
二十数年前のバザの惨劇を思い出すと、今は非常に美しくなっていた。
マイクラ・シテアによる破壊もさることながら、そもそも街が荒れていた。
結局自治領主だったコロネオの統治が芳しくなかったのだろう。
今は、教会本部から統治官が派遣され、総帥ロドが聖騎士団を厳しく統制している。
ローブ自身、この自治区には様々な手を尽くしてきたつもりだった。
だが今回は、別に復興状況の視察でここに来たわけではなかった。
二人は質素で今にも崩れそうな、しかし実に美しく清掃され、花がそこかしこに咲く教会へやってきた。
ローブだけが、朽ちそうな扉をくぐり、呼ばわると、奥からパタパタと足音がした。
足音の主は、ローブの顔を見ると、きらめくように笑った。
「あら、珍しい。
相変わらず」
「軽薄そうだってか?」
フェリスである。
お互いに中年と言っていい年齢になった。
出会った頃は、リーファに本当にそっくりで、拭えない影はあり薄汚れた格好だったが、実に美しかった。
今でも充分美しいが、少し老けた。
「お茶がほしい」