最後の書 4
ローブは少なからず驚いた。
リーファは、自分以外の誰かに対して叫んでいた。
怒りをぶつけていた。
リーファとはかれこれ二十年近く関わっているが、これほど激するのは、初めて見た。
また、初めて彼女が、人外の存在であると感じた。
そして、今リーファに見えている存在も、おそらく人外の存在。
しかもそれは、この地上にとって、非常な危機をもたらす存在らしい。
この時ローブは、一つの疑問を持った。
実はまだ、千年前の戦いは、トルキスタの聖典に記された聖戦は、肝心のところが決着していないのではないか。
決着が、先送りされただけなのではないか。
だからこそリーファは、これ程に動揺しているのではなかろうか。
ローブは少しため息をついて、肩をすくめた。
「もういい、そう泣くな。
女を泣かすのは趣味じゃない」
ローブの穏やかな声を聞いて、リーファは少し落ち着きを取り戻した。
その頬は涙に濡れ、呆然とした様子だったが、しかしもう、荒れた様子はなかった。
彼女が落ち着くと、吹雪き始めていた周囲の空気が、また穏やかになった。
「ごめんなさい、私…」
リーファは震える声で呟いた。
ローブは首を左右に振る。
少し伏し目になりながら、彼はわずかに笑っていた。
「大賢者ソルド、か。
すげえ奴がいたんだな」
ローブは顔を上げ、辺りを見渡した。
「質素な聖地だ」
彼の言う通り、ここは聖地と呼ぶにはあまりにも質素なところだった。
だが彼は、別にそんなことを言いたいのではなかった。
彼は言葉を探して彷徨っていたのだ。
やがて彼は、意を決したようにリーファを見上げた。
それでもまだ少し切り出しにくい様子だったが、何とか言葉を絞り出した。
「あぁ、その、何だ、そろそろ行くが、大丈夫か?」
その言葉を聞くと、リーファは少し笑った。
「本当にあなたはソルドに似てる」
彼女は懐かしい思い出を見るような眼差しで、ローブを眺めた。
「ソルドは私が泣くと、女の泣くのは苦手だとか、もう行くけれど大丈夫か、とか。
いつもは軽薄なふりをしてるくせに」