最後の書 2
ローブは古文書を、多少粗っぽく左手で閉じ、呼び鈴を鳴らした。
すぐにひょろ長いフォルタが、隣の部屋から顔を出す。
「ガラシェへ行く。
ロド殿によろしく言っといてくれ」
「はぁ」
すでにローブは身支度を始めている。
こうなるともう止められない。
「ロド殿にはなんと」
「だからよろしくって。
あ、それから、旦那と馬車殿も一緒に行くから。
何かあったら、しばらくがんばってねって。
そうそう、フォルタ、お前は俺がいない間、俺の全権だから。
よろしく」
この言葉に、フォルタは息を呑んだ。
つまり、ローブ不在の間、ローブが通常持つ権限や判断を全て代行せよ、というのだ。
「いやいや」
「大丈夫大丈夫。
大体お前以外に誰が俺の代理ができるんだよ。
じゃぁな」
そう言い残すと、ローブは多少の荷物だけ持って、さっさと部屋を出ていってしまった。
「これは、参ったな」
フォルタは一人呆然と、その責任の重大さに途方にくれた。
ローブはそんなフォルタの事など、気にもとめていない。
ローブは、教会の雑事は勿論、余程重大かつ難度の高い判断以外で、フォルタが大きく間違うとは考えていなかった。
その程度にフォルタは有能であり、もっと彼を自由にしてやり、自分も自由になりたいと考えていた。
ローブはその足でシ・ルシオンのいる部屋へ向かった。
入るなり、
「旦那、ガラシェだ」
と声を掛ける。
寝台に横たわっていた巨人は、
「あぁ」
と言って起き上がり、部屋のすみに立て掛けてあった身の丈を越える大剣と、その側にあった熊革のマントを掴んだ。
彼らはオデュセウスの馬車に乗り、一路東に向かう。
全力で走るとローブが振り落とされるので、わりと平和な速度だが、それでも普通の馬よりは随分速く、また力強い。
ローブは専用の椅子を据付け、若干乗り心地は悪いものの、それなりに旅を楽しんだ。
相変わらず彼は、教会の空気が嫌いだった。
和平で落ち着いたホルツザムとバルダを通り抜け、少し北上。
ガラシェの山地が見えたのは、四日目のことである。
季節は秋、寒冷なこの地は、すでに随分寒かった。