月光 10
ボルスは先の会議には参加しなかったが、その顛末はガイルから詳しく聞いている。
のろしのこと、シ・ルシオンのこと、そして実質的主催者である、胡散臭い軽薄そうな青年のこと。
南方の大国ベイシュラのゴート将軍がどういうわけか丸め込まれたので、ガイルは酷く警戒していた。
「今回の魔物どもの襲撃が、あの若僧の意図によるものかどうかは、現時点ではわかりません。
しかし、私自身が現実に、あの若僧よりも明らかに、遥かに、極めて危険な者に遭遇しました。
そしてそれは、あの会合で、あの若僧が強く示唆していた事です」
ガイルは胸の辺りを包帯で巻かれた手で押さえ、苦しそうにした。
呼吸に雑音が混ざり、酷く具合が悪そうだった。
「ガイル殿、ひとまず今日は、お休みください」
いたたまれない様子でボルスはそう促した。
ガイルは返事もろくにできず、何度かうなずくのがやっとだった。
ボルスは輿の担ぎ手に指示して、ガイルを将校専用の医務室へ運ばせた。
ガイルは心配だが、しかしボルスには憂慮することが他にある。
再び魔物の軍勢が攻勢を仕掛けてきた。
兵士たちは二日間の疲労が蓄積し、限界に近い。
敵将はここぞとばかりに総力戦を選んだらしい。
「中央大陸の英雄将軍バルザム、か」
無論知っている。
ボルスがまだ少年だった頃、ホルツザムの領土拡大の立役者として活躍していた。
緻密ではないが、豪胆かつ狡猾、期を見るに敏。
士気を高め、死を恐れぬ「死兵」の大軍を率い、隣国を侵略する。
「勝てるのか」
しかしガイルがあの様子では、自分しか頼れない。
「みな、今宵こそが正念場だ!
守ろうぞ、大切な家族を、友人を、軍人としての誇りにかけて!」
冬の月は南に高く、相変わらず円く輝いている。
雪原は青白く、そしてその上を、化け物の大軍が侵食している。
城壁に魔物たちが殺到する。
陸も空も、奇怪で邪悪な存在がうごめき、兵士たちは果敢に戦う。
砲撃が、弩弓が、唸る。
魔獣が吠え、兵士たちを食い荒らす。
しかしバルザムが再び最前線に進出し、城壁の破壊を強力に指揮すると、難攻不落の城壁が揺らぎ、ひび割れ、剥がれ始める。
魔物の中でも際立った豪腕が壁に何度も何度もぶち当たると、人間の造作は、所詮脆かった。