氷の女神 5
しかし、リーファは食い下がった。
「夢ではありません」
まるで彼女はシ・ルシオンの心の声を聞いたように、そう答えた。
「私の手を、握ってください」
そう言って、リーファはシ・ルシオンの無骨な手を、随分小さく細く見える白い両手で取った。
体の熱を吸い取るような冷たさに、彼は少なからず驚いた。
「私は、こうして、あなたの手を取れるんです。
私は氷の精霊だから、すごく冷たいです。
でも、こうして現世に現れて、あなたの手を取ることもできるんです。
夢じゃないでしょう?
わかったでしょう?
まだわからない?」
シ・ルシオンは、この女がよく判らない。
ただ、彼女が必死に何かを訴えようとしている。
それだけは理解できた。
「私には見えるの。
魔導師マイクラ・シテアが今夜、禁断の部屋に入る」
「お前は何者だ」
射抜く様な目でシ・ルシオンはリーファを睨んだ。
彼は女を信じていなかった。
リーファは顔をこわ張らせた。
戸惑った。
彼女は素直で、今までに目の前の巨人のような対応をされたことがないのだ。
彼女は静かに泣き始めた。
自分が泣き始めたことに驚いてもいた。
「事と次第によっては、今この場でお前を斬る」
さらにシ・ルシオンは追いつめた。
今度は逆に、リーファは深い恐怖を感じた。
「私は、ただ、危ないから、あなたに、助けてほしいと、そう思って」
「そんなわけのわからぬ話を、にわかに信じるとでも思ったか」
「そんな、そんな、ひどい」
彼女は両手で顔を覆い、わあわあと子供のように大きな声で泣き出した。
シ・ルシオンは、泣きじゃくるリーファを燃え上がる眼光で睨み続けた。
だがやがて、深いため息をついて言った。
「そう泣くな」
シ・ルシオンは、ようやく大剣を鞘に戻した。