北の竜 11
どんな戦場でも死は覚悟していたつもりだったが、しかし今度は今までのどの戦場よりも危機的で、制御不能だった。
死はもはや覚悟ではなく、確信に近かった。
前後不覚なほど吹雪はひどい。
彼ももしかすると、この機に逃げるべきかも知れない。
だが彼は戦場と思われる白い原野を駆け回った。
仲間が一人でも、退却の笛に気づかず、生き残っているかも知れない。
化け物を一匹でも駆逐できるかも知れない。
その時彼はすぐそばに、今まで感じたことのない、凄まじく凶悪で不吉な気配を感じた。
激しい吹雪の中に、忽然と漆黒の闇がいる。
近くなのか遠くなのかもわからない。
ただ確実なのは、それがあまりにも禍々しく、限りない死で溢れていることだった。
「ご機嫌いかがかな、北の竜殿」
脳を突き破るようなおぞましい声に、ガイルは意識を保つのがやっとだった。
「君はなかなか優秀だったと、この杖が言っているよ。
まともにぶつかっていれば、バルザムが負けていただろうとねぇへぃひひひ」
「何者!」
ガイルは必死に叫ぶ。
この極寒の中でさえ、全身の血が煮えたぎる気がする。
恐怖とも怒りともつかない粘りつく感情が喉を締め付ける。
「あなたは実に周到な方です。
城の防備も恐らく相当固いのでしょう。
あの規模の城だ、自給自足もできるはず。
地の利を得ない敵が来ても、おそらく落とせないでしょうね。
夏に川を使えば話は別ですが」
頭の中に先ほどとは別の、穏やかで知的な声が響く。
ガイルはぎくりとした。
それはガイルが長年懸念している、ボルネット城唯一の弱点だった。
ボルネット城の北側には川が流れている。さらにその支流が、東と西を囲んでいる。
初夏には雪解け水で川の水かさが増す。
普通なら川の異変には対処できるが、万一の籠城の時は対処できない。
その間に増水した川を好きに使われると、城は確実に落ちる。
だが未だかつてそのことに気づいた敵はいなかった。
「貴様は誰だ!」
「ただの杖です」
そんな戯れ言をガイルは勿論信じない。
右手で握る剣を慎重に構え、吹雪の白の中に漂う闇との距離を測る。
しかし今一つ狙いが定まらない。