北の竜 9
「むぅ」
ガイルは唸った。
振り返ると、巨大な鎧人形が斧を振り上げ、号令したところだ。
ルビア軍の隊列へ、魔物が空から襲いかかる。
ルビアの兵士たちは果敢に戦うが、そこへ鎧人形に率いられた一団が突入する。
「第一から第三部隊は新手を押し潰しつつ反転!
既存勢力に対処せよ!
第四隊以降は城へ撤退!」
ガイルは張り裂けんばかりの怒号を放った。
戦場にいるルビア軍の半数以上が撤退を開始した。
残る三部隊およそ六千は、撤退を支援する。
残る最精鋭の三部隊は、圧倒的に不利でかつ極めて異様な状況であっても、全く怯むことなく奮戦する。
ガイルも自ら剣を振るい、奮闘した。
齢五十に近く、若い頃のようにはいかないが、しかし普段から鍛えた剣の腕はまだ現役だった。
夜が明けたが、雪が次第に激しくなり、視界は悪くなる。
程なく周りがよくわからなくなるほどの吹雪になる。
ガイルは懐から小さな笛を取り出し、それを力一杯吹いた。
彼は何度も笛を吹き、真っ白な戦場を走り回る。
何かの影を見ては、
「剣!」
と叫ぶ。
返事がなければ斬りつけ、
「兜!」
と返事があればやり過ごす。
吹雪の中で戦う合図だった。
また笛は、戦場離脱の合図だった。
何せ逃げる。
吹雪の中で戦うより、バラバラに逃げた方がいい時もある。
今のように圧倒的不利な状況では、吹雪は味方だった。
ましてやルビア軍は、雪原の軍である。
「あの城にボルス殿がいれば、十五日、あるいは二十日程度は大丈夫だ」
そうすればトルキスタ聖教から、あの若造の言葉通りならば、何らかの支援があるはずだ。
自分が死んでも、王城の防備だけならボルスの方が優れている。
老いた病の母は恐らく、魔物に喰われて死ぬだろう。
妻や二人の息子はどうか。
殺されない限り、彼らはきっとやっていける。
きっとやっていける。
涙が出た。