北の竜 7
魔物の群れが進撃を開始した。
平坦な雪原を、あるものは走り、あるものは空を飛び、遙かに待ち受ける篝火の帯へ進んだ。
ルビア軍の広い展開とは対照的に、密集隊形を組み、突破に重点を置く。
「敵の右方向へやや方位を逸らすぞ!」
鎧人形は、広く展開するルビア軍の向かって右翼へ軌道を向けた。
バランスを崩すことで、より突破をしやすくする狙いだった。
迎え撃つガイル。
「端へ振ったか。
ある程度正しい選択だ」
月明かりに浮かび上がる、禍々しい敵影を見据えながら、彼はまだ動かなかった。
自軍は張り裂けるような緊張感と恐怖に耐え、彼の采配を待っている。
誰一人、まんじりとも動かない。
ガイルも、怖かった。
かつて遭遇したことのない、得体の知れない敵との戦いである。
ましてや、もっとも難しい退却戦を前提としている。
しかし彼は、いつもの戦場と同じく険しい表情を全く動かさず、刃のような気迫を放ち、自陣前方の篝火のない場所で、馬上凛然と構えている。
ガイルは敵方と自陣との距離を見極め、ある時点で剣を抜き、右方向を指し示した。
ルビア軍は、篝火はそのままに、静かに右方向、すなわち敵軍の突撃を避ける方向へ移動し始めた。
陣形は雪原の縁を滑るように、敵側面へ回り込む。
魔物の群は変わらず、空になった陣の跡に向かい、やがて動きがわずかに鈍る。
ガイルはそれを見逃さない。
「押せぃ!」
右手の段平を敵方へするどく差し、号を飛ばす。
ルビア軍は魔物の群れの側面から、取り囲むように襲いかかった。
魔物の群は、わずかに反転が遅れ、守勢となる。
十分に組織化されたルビア軍は、勇敢で実に強い。
一気に崩れるかと思われた。
しかし、鎧人形がそれを食い止める。
巨大な戦斧が激戦地に迫ると、ルビア兵が血の竜巻になる。
わずかの間にルビア軍は陣形を突き崩され、その間に魔物達が息を吹き返す。
「強い」
ガイルは唸る。
しかし彼は怯まず、剣を左右に振った。
「中央前衛は左右に分離しつつ後退! 後衛前へ!」
合図となる銅鑼と太鼓が、けたたましく打ち鳴らされる。
ルビア軍はそれに従い、多少の混乱はあったがある程度順調に移動を行った。
後衛が魔物の群に突入すると、再びルビア軍が若干優位となる。