北の竜 6
「力よ」
鎧人形はそうつぶやく。
北の竜ガイルに奇襲はない。
鎧人形は、その伝聞を知っていた。
「奇襲は、予測できる。
予測された奇襲は、無惨な結果となる。
奇襲などしなくても、十分な準備があれば勝てる。
それは兵数であり、地の利であり、兵糧であろう。
奇襲や奇策が必要とすればそれは絶体絶命で、起死回生を狙う以外にすべがない場合だけであり、そもそも我々は、そうならないように日々準備し、努力研鑽しなければならない。
それにも増して我々が目指すべきは、戦わずに勝つという姿である」
鎧人形は、ガイルのこの思想を、半ば尊敬しつつ、半ば馬鹿にしていた。
「例え理念は正しくとも、戦争に勝利することこそが軍人の名誉であり、領土の拡大による耕作地と資源の確保こそが国家発展の基本だ。
軍人の仕事とは、そういうものだ。
道徳や理念を国家繁栄や勝利よりも優先するから、ルビアはいつまでたっても本当の大国になり切れぬ」
鎧人形は魔物の群に向き直り、その巨大な戦斧を右手で高々と掲げた。
「化け物ども、栄光とは何かわかるか。
英雄とは何かわかるか。
それは、勝利によってもたらされる。
勝利こそは全ての源泉であり、我々は今より、北の竜の兵どもに力を見せつけ、踏み潰し、そして華やかなる勝利を勝ち取るであろう。
これから行う進撃は、勝利への進撃に他ならぬ。
進め、そして敵を食らい尽くせ!
むさぼる自らを褒め称えよ。
そして自らを、英雄たらしめよ!」
魔物達がどれほどそれを理解しているのかはわからない。
しかし、鎧人形の号により、魔物達の意気は否が応でも高揚した。
「殺せ、殺せ、食らえ、食らえ」
「殺したら英雄うぅぅきゃきゃきゃ」
「そうだ、魔王にも供物を捧げねば。
魔王に喜んでもらえたら、もっと奴隷どもを増やせるかもなぁあひゃひゃ」
鎧人形は満足だった。
化け物どもが七百ほども並び、それを自分が率いている。
「俺は、やはり将軍だ」
鎧人形はふたたび、雪原の遙かに陣を張るガイルの軍勢に向き直った。
夜でも月光が、戦場を美しく彩っている。
彼はそれを、美しいと感じた。
「者共よいか、ここから我々は修羅に入る!
目の前に現れるすべての者を、迷いなく殺戮せよ!」
魔物の群れから、おぞましい地鳴りのような喚声が上がる。
「進めえぃ!」