北の竜 5
「城へ撤退し、城の兵力三万と防衛兵器をもって敵に当たるのを基本とする。
すでにボルス殿には伝えてある。
敵勢力の増員がなければ、城より打って出て撃退するが、まずは安全を基本とする。
先程各地の兵を集結させるべく伝令を走らせたが、次の会戦までに間に合うのはおそらくなく、二日以内が四千だ。
各国からの援助も視野に入れている。
過去の経験をかんがみて思うに、これはおそらく国家存亡の危機だ。
少なくともその程度には、異常だ。
諸君にはそのつもりで、決死の戦いを期待する。
なお、激突時の先鋒および退却時のしんがりは、私の直下部隊三千が務める」
淡々と、いささかも動じたところもない様子で、ガイルは説明した。
「しかし将軍、閣下の身に何かあれば、軍の統率が保てません」
誰かが心配そうに意見する。
だがガイルは、険しく皺深い雪焼けの細面を、少しほころばせて答えた。
「なに、私も死にたくないさ。
君らを死なせるわけにもいかない。
そのために城へ退くんだ。
ボルス殿が迎えてくれる。
全軍、決死で戦って、生きて帰ろうじゃないか」
部下達がこんなガイルの姿を見たのは、初めてだった。
いつも険しい顔しか見たことがない。
非常に厳しい上官であった。
それだけに、穏やかな様子に部下達はむしろ奮い立った。
夜。
雪の戦場は急激に冷え込んだ。
ガイルの陣営では至る所に火がくべられ、暖と明るさを確保している。
四日後には満月を迎える。
辺りは月光に照らされ、雪がそれを反射し、明るい。
これほど晴れが続くのは、何年ぶりかである。
魔物の軍勢が雪原の彼方で黒々とうごめくのが、実に不気味だ。
たまに叫び声も聞こえてくる。
雑兵の集まりであったなら、それだけで逃亡する者も現れるだろう。
しかしガイル率いるルビア兵は、高い士気を保ったまま、整然と戦いの準備をしていた。
その様子を眺めながら唸るのは、魔物の群れを率いる鎧人形だ。
「化け物ども、見てわかるか。
実によく鍛えている。
あれが、北の竜だ」
雪原の遥かに整然と居並ぶ篝火は、芸術的でさえある。
左右対称で雪原を包囲するように陣を張っている。
厚みはさほどでもないが、一点集中の突撃に失敗すると包囲され、すりつぶされるだろう。
ルビアの兵は精強だ。
突破は容易ではない。
おまけに敵将がガイルであれば、奇襲は難しい。