北の竜 2
その五日前。
北方の大国ルビアの首都ボルネット近郊で、それは起こった。
ルビア軍およそ二万が常駐する、訓練所を兼ねた宿舎エリアの近くであった。
季節は真冬。
北方の国であるルビアは、地面が凍てつき、雪が毎日に様に降る。
が、珍しくこの日は、よく晴れていた。
そのきれいな青い空に突如、赤黒く渦巻く円が現れた。
円は見る間に大きくなり、太陽を隠す。
兵士達や民衆はそれぞれに天を指差し、うろたえる。
やがて円の拡大が終わると、今度はそこからバラバラと、何かが降ってきた。
それは多種多様で、おぞましく、極めて邪悪な化け物だった。
巨大なものも、小さなものもいた。
ただ一つわかるのは、それはこの世の物ではないということだった。
その中に一体、他の化け物とは少し違う、石でできた巨大で武骨な鎧人形がいた。
全身炭色で、巨大な斧を両手で持っており、不吉な気を発散している。
その額には、赤黒く渦巻く宝玉が、禍々しく輝いている。
「化け者共、踏み潰せぃ!」
地を逃げまどう人々の脳に直接、野太い壮年の声がとどろく。
鎧人形が号を発したのだ。
その刹那の後には、阿鼻叫喚の光景が始まった。
コウモリの羽を持つ大きな狐が、走り逃げる女に飛んで近づき、頭を胴体から咬みちぎった。
狐は女の頭をバリバリ食べた後、小馬鹿にしたように笑って次の獲物に向かった。
巨大な毛むくじゃらの目玉は、ふわふわと漂った後、兵士の前に舞い降りた。
途端、兵士は石像になってしまった。
しばらくすると石になった兵士は再び動き始め、近くにいた兵士を串刺しにした。
次々に仲間の兵を斬り殺す。
タキシード姿の、紫の肌をした若い紳士もいた。
彼が指を鳴らすと、十人ぐらいの頭がスイカのように弾け飛んだ。
彼は辺りに飛び散った脳を拾い上げ、
「シェフに言ってソテーにしようか」
と、一人納得していた。
そして、赤い宝玉が輝く石の鎧騎士。
「これが北の竜ガイルの兵士か、弱兵よのう!」
鎧人形はわめき、戦斧を凪いだ。
近くにいた兵士十人あまりが巨大な刃の餌食になった。
鎧人形は哄笑し、散り散りに逃げる兵を追い、踏み潰した。