槍 20
その翌日、シ・ルシオンはオデュセウスを駆り、ザーグ砦南の村へ向かった。
普通の馬なら十日あまりかかるが、オデュセウスが駆ければ一日であった。
夏だった。
廃れて誰も通らない街道や荒野ばかりを選んでいるため、記憶にある景色は見ていないが、しかしザーグ砦の近くにくると、オデュセウスは二度の功城戦を思い出した。
特に、夏である。
二度目すなわち自らが自らの御者に斬られたのを思い出す。
感情は、時折揺さぶられる。
その乱れた感情を振り払うために、オデュセウスはシ・ルシオンに尋ねた。
『あの鍛冶の女は、どういう素性なんだろう』
何気ないその問いに、シ・ルシオンはしばらく答えなかったが、やがて低い声で言った。
「詳しくは知らん。
身寄りがないということと、人斬りだったということは知っている。
それ故か、刃物をよく知っている」
その答えにオデュセウスは、なぜあの鍛冶がどことなしに殺気を漂わせているのか、理解した。
自分と同じ、許されざる感触を知っているのだ。
夏の麦畑はまだ青く、丘陵は遙かに広がる。
今回は村の入り口にオデュセウスは留まった。
シ・ルシオンは一人馬車を下り、村の奥にある鍛冶屋の作業小屋へ向かった。
小屋は相変わらず粗末だが整然としている。
鎚の音が高らかに響いていたが、シ・ルシオンが前に来ると、その音は止んだ。
「入りな」
少し低い芯のある声がした。
シ・ルシオンはその声に従い、小屋の入り口をくぐった。
巨人には鴨居が低かった。
しなやかな後ろ姿の美しい女が、炉の光に照らされている。
小屋の中は薄暗く、鉄と煙の臭いが強い。
「そこに寝かせてある一式だ」
シ・ルシオンが小屋の中を見渡すと、薄暗い一角にそれはあった。
実に無骨で飾り気のない、城塞などにある大きな彫像が持つような巨大な槍だった。
常人では動かすことさえできないだろう。
持ち上げたり、ましてや振り回したりなど、できるはずがない。
シ・ルシオンは、女の座っているそばに、頭ほどの大きさの皮袋を置いた。
女はその袋を一瞥する。
「随分奮発したね。
それだけあれば村中が何年も喰っていける」
と言った。
彼女には袋の中身が金貨であることも、その量もすぐにわかるらしかった。
彼女はあまり表には出さないが、喜んでいるらしかった。
それは彼女の欲ではなく、安堵に似た何かで、恐らくは村に対する深い恩義があるのだろう。
シ・ルシオンは何も答えず、槍のところにしゃがんだ。
束を握る。
ずしりと重い。
彼の背負う巨大な剣と比べても、遙かに重い。
柄は全体に、頑丈で荒い麻布が巻いてあり、ニカワで強く糊付けされている。