槍 3
オデュセウスは巨人に尋ねた。
「腕のいい鍛冶屋がいる。
俺の剣も、奴が鍛えた物だ。
もうすぐ来る」
巨人はそう応えた。
「故郷ではないのか」
「俺には子供の頃の記憶がない。
俺の最初の記憶は、戦場で走っていた時だ」
オデュセウスは驚いた。
「記憶がない?」
「ああ」
それきり黙ってしまう巨人に、オデュセウスはどう言葉を続けたらいいか判らなかった。
ほどなく巨人は、馬車で腰掛け腕組みのまま、寝入ってしまった。
オデュセウスは仕方なく、黙っていた。
しばらくすると巨人は再び目を覚ました。
それからわずかに遅れて、オデュセウスも気配に気付いた。
気配というよりも、それはわずかに漂う剃刀のような殺気であった。
オデュセウスはそちらに目を向ける。
村の方から、人が一人やって来るのが見えた。
まだ随分遠いが、彼らはその気配に気付いたのだ。
やがてその人は、彼らの所へやってきた。
すらりと背の高い、美しい壮年の女だ。
他の村人とは明らかに違う、異様な迫力がある。
なぜこの女がこの村にいるのか、オデュセウスは理解に苦しんだ。
「妙な鋼だ」
少し低く凛々しい声で、女は言った。
「鉄に似ているが、血生臭すぎる。
腐った屍でできているようだ」
女は、深く刻まれた眉間の皺の下から、ギラリとオデュセウスを睨みつけた。
「しかもこの馬には、鋼を鍛えた跡がない。
しかし恐ろしくしなやかで丈夫だ。
細工も優れている。
途方もなく深い恨みや執念のたぐいが滲んでいる。
一体誰がどうやってこんな妙な代物を作ったのか」
ぶつぶつと苦々しげに女は独り言を言った。
その後一呼吸置いてから、呟いた。
「不吉だね。
私が言うのもなんだが」
彼女は少しため息をついたあと、シ・ルシオンを見上げた。
「これに乗ってあんたが槍を振り回すのか?
それでこの世の物でない化け物を無数に斬るわけか。
馬鹿言うな」
いかにも呆れた様子で、女は肩をすくめた。
「まったく、これだから素人は嫌いなんだ。
できるかどうかも考えずに無理難題を投げつける」
また女はぶつぶつ言っている。
顎に手を当て、その辺りをうろつき、やがて巨人と巨馬に背を向けた。
「一ヶ月待ってな」
女は頭を掻きながら去っていった。