槍 1
シ・ルシオンは、オデュセウスと共に、ザーグ砦の南、辺境の小さな村にやってきた。
麦畑が青く波打つ、丘に囲まれた村だった。
漆黒の巨大な馬車が現れたので勿論騒ぎになるが、馬車に乗っていたのがシ・ルシオンと知ると、村人達は落ち着きを取り戻した。
シ・ルシオンは馬車を下り、一人で村へ向かった。
「また、イルメーラのところかね」
「ああ」
農作業の手を止めて、老若男女の村人達が、彼の通り過ぎる度に尋ねる。
シ・ルシオンは珍しく穏やかな顔付きでそれに応えていた。
遠くからその様子を眺めていて、オデュセウスは不思議だった。
シ・ルシオンが向かったのは、村の奥、少しはずれにある鍛冶小屋だった。
粗末で、だが整理の行き届いた外観である。
鋼を打つ鎚の音が響いている。
が、シ・ルシオンの気配に気づいたのか、その音は不意に止まった。
それ以外に反応はない。
シ・ルシオンは迷うことなく、小屋に足を踏み入れた。
「一体何を斬ってきたんだ、銅と亜鉛の血とは」
大型の釜の前に、女が座っている。
中年だが、仕事柄かよく鍛え上げられたしなやかな体つきの美しい女だった。
シ・ルシオンの方をわずかに横目で見やり、また釜の中に目を戻す。
農作業の用具を鍛えているらしかった。
「魔物だ」
「それなら納得もいく。
あんたと一緒にきた金属の塊は、もっと変だ。
この世の物ではないね」
「奴の体も、魔界の物らしい」
女は鎚を再び振り上げ、鉄を打ち始めた。
「で、その剣の修理かい」
「それもだが、槍を作ってくれ」
すると女は、ふいごを漕いでいた足を止め、少し考えた後、ため息をついた。
「日がかかるよ。
どうせあんたの事だ、馬鹿でかいのを作れというんだろ。
こんな田舎にそうそう材料はないんだよ」
「構わん」
シ・ルシオンは素直にそう応じた。