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魔帝  作者: 松本 力
氷の女神
12/192

氷の女神 1

 シ・ルシオンは、小さな白い花を一輪、武骨な指先に摘んで、粉雪の吹雪く山道を登っていた。


「花を、欲しいです」


というくだらない願いを叶えるため、麓で花を摘んだ。

花は吹雪の中で凍ってしまった。

それを持つ指先も、凍傷気味だった。


 季節は冬に移っていた。

ホルツザムとバルダの戦は膠着し、ザーグ砦の領有を巡っての折衝が続いているらしい。

しかしシ・ルシオンには、そんなことはどうでも良かった。

彼は戦士であり、戦場以外で生きることに興味がなかった。


 殺した熊の毛皮で作った荒々しい毛皮で全身を覆っているが、吹雪は容赦なく彼の体に突き刺さった。

普通の人間ならとうに死んでいただろう。

それでも彼は、花を捨てなかった。


 山の中腹に、氷壁がある。

彼はここを目指して、やってきた。

氷壁と言っても、雪に覆われていて、しばらく掘らないと出てこない。

並はずれて大柄とは言え、その雪の壁の前では、所詮小さかった。


 彼は左手の花を手近な岩の上にそっと置き、背中に背負った身の丈を優に超える大剣を抜き、それで雪を掻いた。

大剣がすっぽり埋まるぐらいは雪が積もっていた。

おまけに左手は半ば凍てついている。

しかし彼は、眉一つ動かすことなく掘り進める。


 やがて剣が固い物に当たった。

喜ぶ様子もなく雪を掻くと、やがて透き通った氷の壁が出てきた。

自然にできた物ではなく、明らかに人為的に作られた物だった。


 そしてその中には、祈りを捧げる一人の若い女が閉じこめられていた。


 肌があらわな純白の衣をまとい、髪は紺色だった。

彫刻のように美しい。

目は閉じられ、一心に祈っているように見える。


 シ・ルシオンは、先ほど岩の上に置いた花を取り、氷の中の女に掲げた。


「約束の品だ」


 彼は掲げた花を、大切そうに女の足下に置いた。

花は凍て付いている。

彼の左手も凍て付き、紫色で、動かせない。

とりあえず彼は左手を懐にしまいこんだ。


『ありがとう』


 心に直接、澄んだ声が届く。

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