氷の女神 1
シ・ルシオンは、小さな白い花を一輪、武骨な指先に摘んで、粉雪の吹雪く山道を登っていた。
「花を、欲しいです」
というくだらない願いを叶えるため、麓で花を摘んだ。
花は吹雪の中で凍ってしまった。
それを持つ指先も、凍傷気味だった。
季節は冬に移っていた。
ホルツザムとバルダの戦は膠着し、ザーグ砦の領有を巡っての折衝が続いているらしい。
しかしシ・ルシオンには、そんなことはどうでも良かった。
彼は戦士であり、戦場以外で生きることに興味がなかった。
殺した熊の毛皮で作った荒々しい毛皮で全身を覆っているが、吹雪は容赦なく彼の体に突き刺さった。
普通の人間ならとうに死んでいただろう。
それでも彼は、花を捨てなかった。
山の中腹に、氷壁がある。
彼はここを目指して、やってきた。
氷壁と言っても、雪に覆われていて、しばらく掘らないと出てこない。
並はずれて大柄とは言え、その雪の壁の前では、所詮小さかった。
彼は左手の花を手近な岩の上にそっと置き、背中に背負った身の丈を優に超える大剣を抜き、それで雪を掻いた。
大剣がすっぽり埋まるぐらいは雪が積もっていた。
おまけに左手は半ば凍てついている。
しかし彼は、眉一つ動かすことなく掘り進める。
やがて剣が固い物に当たった。
喜ぶ様子もなく雪を掻くと、やがて透き通った氷の壁が出てきた。
自然にできた物ではなく、明らかに人為的に作られた物だった。
そしてその中には、祈りを捧げる一人の若い女が閉じこめられていた。
肌があらわな純白の衣をまとい、髪は紺色だった。
彫刻のように美しい。
目は閉じられ、一心に祈っているように見える。
シ・ルシオンは、先ほど岩の上に置いた花を取り、氷の中の女に掲げた。
「約束の品だ」
彼は掲げた花を、大切そうに女の足下に置いた。
花は凍て付いている。
彼の左手も凍て付き、紫色で、動かせない。
とりあえず彼は左手を懐にしまいこんだ。
『ありがとう』
心に直接、澄んだ声が届く。