神託 9
オデュセウスの厩舎は、新築の煉瓦作りである。
主に合わせて大きいが、実に質素である。
もう少し色々提案したが、オデュセウスは、
「私はこんな姿で、腹が減るわけでもなく、今更贅沢したいとも思いませんので、雨露さえ凌げれば。
本当はそれも必要ないのですが、あまり目立ちたくもありませんので、姿を見せずにすむなら幸いです」
と言って、今の建物になった。
玄関は巨大で頑丈な鉄の両開き扉である。
錠は特にかかっていない。
目線ぐらいの高さに取っ手があり、それを引くが随分重い。
「ちぇっ、今度から戦士殿を連れてこよう」
なかなか動かなかったが、やがて重々しい軋みを上げながら、扉は開いた。
中は、がらんとして何もない。
明かり取りの窓から差す陽光で、思ったより明るい。
その中央に、漆黒の馬はたたずんでいた。
「知らせを持ってきた。
ホルツザムとバルダが、休戦協定を結んだよ」
ローブがそう言うと、かすかに巨馬は動いた。
「良かった」
意外な応えだった。
「ホルツザムがもっと勝ってほしくなかったのかい」
「戦争など、ない方がいい」
さらに意外だった。
「あんたは大陸にその人ありという英雄だったけど」
「人殺しに過ぎません。
私は兵士であり、それが仕事、気障に言うなら使命だったから、全力で働いた。
勝利や賞賛は、嬉しかった。
戦場は興奮もする。
だが、人の肉や骨を斬るときのあの感触と、その向こうにいる家族を、落ち着いたときに考えると、私はつくづく、人殺しだと痛感するのです。
しかし私には、兵士以外の生き方ができなかった」
ローブはふと、シ・ルシオンの顔を思い出した。
あの巨人も、同じ様に戦場でしか生きられない。
価値観にも似たところがあるように感じた。
違うのは、非情に徹しきれるかどうかだった。
「そうか」
戦場を知らないローブには、どう応えればいいか判らなかった。