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魔帝  作者: 松本 力
神託
104/192

神託 1

 新月の夜空は、満天を限りない星々が川のように彩っている。

秋の始まりは、闇夜を静かに冷やし、静寂を破るのは時折吹く風と、それに揺られる草の音、そして一面から湧き出す虫や獣の声である。


 オデュセウスは数えていた。

もう二ヶ月が経つ。

忘れられた遺跡。

破壊された廃墟と、それを囲む五つの小さな建物があるだけの、実にささやかな遺跡である。

彼はこの場所にじっと座り、何をするでもなく、ただ日が昇り、日が落ち、星が満天を飾る様子を眺めている。


 時折彼は、故郷を思って泣いた。

あるいは、仲間を思って泣いた。

特に、目の前で次々に刈り取られていく仲間たちの姿を思うと、強い自責の念に駆られた。


「シ・ルシオン、か」


 噂で聞いたことはあった。

屈強の傭兵、一戦で数百人を斬る怪物、などの伝聞だ。

正直オデュセウスは、信じていなかった。

だがそれが目の前に現れたとき、噂を思い出す前に、彼とその仲間たちは、大陸最強とも言われた精鋭たちは、濁流に飲み込まれるように死んでいった。


 そしてオデュセウスも、途切れた。


 だが彼は今、この満天の星の下にいる。

 彼はわずかに身じろぎする。

がしゃりと、重々しい金属音が鳴る。


 彼は今や、人間ではなかった。

彼は重厚で美しく彫刻された、漆黒の鋼の巨馬だった。

極めて逞しく、そして芸術的に美しかった。

手綱は荒々しく太い鎖で、対照的にたてがみは髪の毛のように細い無数の鎖でできていた。

細部の作り込みは精巧で、執拗だった。


 彼は、巨大な二輪を備えた無骨な馬車を牽いていた。

戦場で使われる戦車である。

が、ありふれた戦車とは明らかにけた違いに巨大だった。

彼が戦場を駆け抜ければ、一体どれだけの敵が蹂躙されるかわからない。


 だがそれはもう、彼にはどうでもよかった。


 できることなら、このままここで朽ち果てたい。

そう願った。


「そもそも俺は、もう死んだのだ」


 なのになぜ、こんな仕打ちが待っていたのか。


 脳裏に、凶悪な闇をまとった老人の姿が浮かぶ。

人の死を弄ぶ輩を、彼は許せなかった。

だがあの魔導師が今どこにいるのか、想像もつかない。


 そして自分が朽ちる様子もない。


 彼は絶望の渦をぐるぐる回っていた。

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