神託 1
新月の夜空は、満天を限りない星々が川のように彩っている。
秋の始まりは、闇夜を静かに冷やし、静寂を破るのは時折吹く風と、それに揺られる草の音、そして一面から湧き出す虫や獣の声である。
オデュセウスは数えていた。
もう二ヶ月が経つ。
忘れられた遺跡。
破壊された廃墟と、それを囲む五つの小さな建物があるだけの、実にささやかな遺跡である。
彼はこの場所にじっと座り、何をするでもなく、ただ日が昇り、日が落ち、星が満天を飾る様子を眺めている。
時折彼は、故郷を思って泣いた。
あるいは、仲間を思って泣いた。
特に、目の前で次々に刈り取られていく仲間たちの姿を思うと、強い自責の念に駆られた。
「シ・ルシオン、か」
噂で聞いたことはあった。
屈強の傭兵、一戦で数百人を斬る怪物、などの伝聞だ。
正直オデュセウスは、信じていなかった。
だがそれが目の前に現れたとき、噂を思い出す前に、彼とその仲間たちは、大陸最強とも言われた精鋭たちは、濁流に飲み込まれるように死んでいった。
そしてオデュセウスも、途切れた。
だが彼は今、この満天の星の下にいる。
彼はわずかに身じろぎする。
がしゃりと、重々しい金属音が鳴る。
彼は今や、人間ではなかった。
彼は重厚で美しく彫刻された、漆黒の鋼の巨馬だった。
極めて逞しく、そして芸術的に美しかった。
手綱は荒々しく太い鎖で、対照的にたてがみは髪の毛のように細い無数の鎖でできていた。
細部の作り込みは精巧で、執拗だった。
彼は、巨大な二輪を備えた無骨な馬車を牽いていた。
戦場で使われる戦車である。
が、ありふれた戦車とは明らかにけた違いに巨大だった。
彼が戦場を駆け抜ければ、一体どれだけの敵が蹂躙されるかわからない。
だがそれはもう、彼にはどうでもよかった。
できることなら、このままここで朽ち果てたい。
そう願った。
「そもそも俺は、もう死んだのだ」
なのになぜ、こんな仕打ちが待っていたのか。
脳裏に、凶悪な闇をまとった老人の姿が浮かぶ。
人の死を弄ぶ輩を、彼は許せなかった。
だがあの魔導師が今どこにいるのか、想像もつかない。
そして自分が朽ちる様子もない。
彼は絶望の渦をぐるぐる回っていた。