魔馬車 1
真夏の熱風が、彼方まで広がる草原を駆け抜けた。
眼下は、さながら緑の海であった。
オデュセウスのまとう黒塗りの鎧は、南中の日差しを受けて焼けていた。
短く刈った黒髪も、日に焼けた凛々しい顔も、無論鎧の下も、汗でひどく濡れていた。
跨がる栗毛の馬も、そのたくましい体を汗に光らせていた。
目線を少し上に向けると、盆地の向こうの丘陵に、敵バルダ軍およそ五千が整然と布陣している。
対する自軍ホルツザム勢はおよそ八千。
オデュセウスはその先鋒突撃騎兵隊五十を率いる隊長だった。
「負ける戦ではない」
と思ってはいた。
しかし彼は油断していない。
如何に犠牲を少く勝てるか。
多くの修羅場をくぐってきた経験から、彼はそう考えていた。
彼は後に控える部下達に馬を向けた。
「間も無く突撃開始だ。
今日も我々は誉れ高き先鋒を任されている。
銘々は修羅となり、期待に見事こたえてみせよ。
また、一番槍の栄光はそれぞれ狙うがよい。
私も狙う。
横取りできるものならしてみるがよい。
よいな!」
オデュセウスの叱咤に、隊員たちは短く鋭い返事でおうと応えた。
やがて陽気なラッパの音が一帯に響いた。
「突撃!」
オデュセウスの怒号を皮きりに、彼の隊は稲妻の様に丘を駆け下った。
盆地の向こうの丘陵を、バルダ軍も下り始めた。
すり鉢状の盆地は思ったより広く、互いになかなか近付かない気がする。
馬上の風が、幾分か汗を忘れさせた。
使い慣れた長槍が、今日は少し軽く感じられた。
気付けば敵の騎兵が、顔のわかる距離まで来ていた。
「続け!」
雷鳴の様に叫ぶ。
敵が、あるいは敵の馬が、一瞬ひるむ。
そこへ目掛けて槍を繰出せば、もう敵兵一人を殺していた。
血の噴水を尻目に、オデュセウスは突き進む。
彼の隊員一人一人がそれぞれ同じ光景を作る。
敵の隊列は鮮やかに裂け、指揮が破綻し始めた。
やがてオデュセウス隊の後方で、再び陽気なラッパが吹き鳴された。
本隊が進む合図だ。
オデュセウス隊は直ちに旋回し、右に逃れた。
そこへ本隊が槍襖を揃えて押し寄せる。
いつもの常勝戦法だ。
役目を終えたオデュセウス隊は速やかに引き揚げる。
その間にこの戦場での大勢は決した。
「よくやった! 今宵は祝宴にしよう」