アレをねぶるスライムになりたい、と少年は言った。
名も知られぬ辺境の地にニプルという名の開拓村があった。
厳しい環境に身を寄せあいながらも逞しく日々の開拓に勤しむ村人たちの中にティーツという名の年若い少年がいた。
ティーツは女性の胸が好きだった。そして変人としても村の人々に知られていた。
ティーツは何かしら嫌な事や悲しい事があると村の共同井戸の底に向かってなにやら変な言葉を叫ぶ癖があった。
「お尻のバカ!」
お尻は馬鹿ではない。馬鹿はティーツである。
辺境は娯楽が少ない。そんな辺境の村人たちにとって冬を除く季節の変わり目に村を訪れる行商人は大変ありがたい存在で、村人のなかには感極まったのか膝立ちになって泣きながら行商人を拝み出す者までいる始末であった。その者の名をティーツといった。
とにかく娯楽の少ない村にとって行商人の来訪は一大ビッグ・イヴェントなのである。
ティーツが7歳の時の春に村に来訪した行商人の連れにマローソという吟遊詩人がいた。
マローソは各地を唄い巡りながら訪れた地の伝承などを聞き集めて、それを詩にしてまた各地を唄い巡っているのだと言った。
ニプル村の人々はその殆どが村の中で完結する狭い世界に生きている。遥か広大な世界の事をよく知るマローソは、娯楽を求める村人たちから大歓迎され連日連夜色んな詩と話をせがまれた。なかには感極まったのか膝立ちになって泣きながらマローソを拝み出す者までいる始末であった。その者の名をティーツといった。
その歓迎ぶりに気をよくしたマローソが唄い始めれば村人たちは大いに盛り上がった。
一人のシンガー・ソング・ライターとそれに魅了されたオーディエンスたちが醸し出すステージの雰囲気は見事という他なくまるで一大スペクタクル・ショーのようであった。このグルーヴ感はまさにライヴ・オン・ナウ。なかには感極まったのかおひねりと称して木の実をマローソに投げつける者までいる始末であった。その者の名をティーツと言った。
ともかくソロ・アーティストのマローソが村人たちに話した伝承の一つにこういう話があった。
遥かな昔、神話の時代、山々に囲まれたひとつの王国にイアンという名のピンク色の防具を身に纏った何ともいかがわしい格好の騎士がいた。
イアンは承認欲求が強かったのか、いかがわしい格好をすればとても目立ってネームド・ナイトとして周囲に認識してもらえるのではないかと思ったのだと人々に噂されていた。
イアンはある日、お城の王さまから城の北にあるインムという名の村で何か色々変な問題が発生しているという話を聞かされる。
王さまは言った。騎士たちよ、インムの村に向かい何か色々変な問題の原因を探りこれを解決するのだ。
王さまの命令を受けたいかがわしい格好をしたイアンは何か色々変な問題を探るうちに、人間になりたいだなどと戯言をのたまう一匹の触手の生えたこれまたいやらしい感じのスライムと邂逅し、これを仲間に加え何か色々変な問題を見事に解決する。
いかがわしい格好をしたイアンが従者としたいやらしい感じのスライムの名はホーミソだかボインだか諸説あり判然としていない。
その後いかがわしいイアンといやらしいホーミソだかボインだかよく分からない名前のスライムは、世界に脅威をもたらすといういるかどうかも分からない魔王を討ち滅ぼす為に、これまたいるかどうかも分からない勇者を探さなければならないという先制攻撃万歳的な極めて過激な思想に取り憑かれ勇者を探す旅に出たという。
んでそれから人間になりたいとか言うてたやらしいホーミソだかボインだかよう分からん名前のスライムはなんかよう分からんけどけったいな感じの転化の秘法?的な?黄金のスネ毛かなんかよう知らんけどなんか多分そんな感じのアレをコレしてたら知らんうちに人間になってたらしいで?なんか変な話やけどホンマにあったことらしいわ、俺の友達の知り合いの友達の人が言うてた事らしいし多分間違いないわ、とマローソは締めくくった。話しているうちに熱が入ったのか最後は故郷の訛りが出てしまったようだ。
その話を聞いたティーツは自身が女性の胸が好きというただそれだけの理由でいかがわしいイアンが仲間に加えたいやらしいスライムの名はボインに違いないと確信した。
ともあれそんなことよりもティーツにとって重要なのはスライムが人間に成ったということだった。
――我、天啓を得たり。
「僕は絶対に、アレをねぶるスライムになってみせる!」
ティーツの人生の目標が定まった瞬間である。
ティーツは思った。マローソ曰くいやらしいボインはオーゴンとかいう名前の人のスネ毛を使って天下のヒーホーという変な儀式を行ったら人間になれたのだから、自分も同じようにすれば人間からアレをねぶるスライムになれる筈だと。
その為にはオーゴンとかいう名前の人のスネ毛と天下のヒーホーのマニュアル的なのを探さねばならないとティーツは思った。前途多難だった。
しかしティーツはひとつ思い違いをしていた。この世界には当然アレをねぶるスライムなどという魔物はいない。
ティーツが生まれ持った変態的嗜好の末に至った夢想であった。
辺境は娯楽が少ない。そんな辺境の村人たちにとって冬を除く季節の変わり目に村を訪れる行商人は大変ありがたい存在で、村人のなかには感極まったのか膝立ちになって泣きながら行商人を拝み出す者までいる始末であった。その者の名は最早言うまでもない。
娯楽の少ない村にとって行商人の来訪は一大ビッグ・イヴェントなのである。
ティーツが14歳の時の夏に村に来訪した行商人の連れにイヤンという名のピンク色のいかがわしい防具を纏った戦士がいた。
イヤンは伝承に謳われるいかがわしい騎士イアンに習い同じいかがわしい格好をして各地を巡りながら勇者を探しているのだと言った。
私の勇者は麗しい女性だと尚良いともイヤンは言った。
お前の勇者じゃない、と村人たちは思った。
ニプル村の人々はその殆どが村の中で完結する狭い世界に生きている。遥か広大な世界の事をよく知るに違いないと村人たちに勝手に思い込まれたいかがわしいイヤンは娯楽を求める村人たちから大歓迎され色んな話をせがまれた。なかには感極まったのか膝立ちになって泣きながらイヤンを拝み出す者までいる始末であった。
しかしイヤンは戦士である。しかもいかがわしい。
数年前に村を訪れた吟遊詩人のマローソとは違い話し下手であった。村人たちは勝手に期待した挙げ句大いに失望し場はしらけた。村人たちは手のひらを返し行商人のところへ群がって行った。
そんななかイヤンに熱心に話しかける一人の少年がいた。名をティーツと言った。
「おじさん、これからまた旅に出るんでしょ?」
「うむ。私だけの勇者を探さねばならんからな」
お前の勇者じゃない、とティーツは思った。だがここでイヤンの機嫌を損ねる訳にはいかなかった。ティーツはアレをねぶるスライムになる夢を諦めていなかったからである。
「おじさん、俺も一緒に旅に連れてってよ」
「うん?小僧は見るからに弱そうではないか。そんな者を連れて旅などできんよ」
「俺、どうしてもアレをねぶるスライムになりたいんだよ。お願いだから連れてってよ」
欲望のままにティーツは言った。
「むう。アレをねぶるスライムとな?何故そんなものになりたいのだ?というよりアレとは何なのだ?」
イヤンはティーツの言に興味を示した。そういえば伝承に謳われるいかがわしいイアンもいやらしいスライムを連れて勇者を探していたと聞く。これは一考の余地があるかもしれない。
「数年前に吟遊詩人のマローソって人が行商人と村に来たんだ。その時にいかがわしいイアンといやらしいボインの話を聞いて、俺は絶対アレをねぶるスライムになるって決めたんだ」
アレをねぶるところの詳細はボカしてティーツは説明した。
「俺がアレをねぶるスライムになれたらさ、いかがわしいイアンといやらしいボインみたいになれるよ。そしたらおじさんが探してる勇者だってきっと見つかるよ」
この機会を逃したら次のチャンスはいつくるか分からない。ティーツはここぞとばかりに畳み掛けた。
「なんと…小僧はそこまで私の事を考えてくれていたのか…」
いや、そこは別に、とティーツは思った。
「…よかろう。小僧がそこまで熱心に言うのなら我が勇者を探す旅の道連れとしようではないか」
――我、遂に天運を得たり。
その夜ティーツは情熱的なプレゼンテーションを両親に披露した。
ティーツ曰く今この世界は危機的な状況に陥っており、大変危機的な状況であるからして、とても危機的なこの状況をなんとかしなければならないと。
魔王とかそんな感じの脅威があるからPDCAサイクルをブン回して5S3定をきっちりとこなしてヒヤリ・ハットもちゃんと情報共有して生産性を上げるためにジャスト・イン・タイム的なことをやったら毎日がエヴリデイ的なピープルたちがお互いにシェイク・ハンドしあえるピースフル・ワールドになる、と。
ティーツはありもしない世界の危機を語り両親を不安に陥れ遂にはイヤンと旅に出ることを納得させたのだった。
その時のティーツはまるで一流の詐欺師か新興宗教の教祖といった有様だった。
そして何日か経った後、遂にイヤンとティーツの旅立ちの時がきた。
「ティーツ、頑張れよ」「達者でな」「ビッグになって帰ってこいよ!」「辛くなったらいつでも帰ってきていいんだぞ」
見送る村人たちのエールにティーツは感極まった。
「みんな…俺、絶対にアレをねぶるスライムになって、いつかこの村に帰ってくるよ!」
そんな変わり果てた姿で帰ってくるな、と村人たちは思った。
「じゃあ、みんな!俺、行ってくるよ!」
いかがわしいイヤンと変態のティーツの波乱万丈の冒険の旅が、今始まる―――
その後紆余曲折あっていかがわしい格好のイヤンと変態のティーツは旅の末に太古の昔からこの世界を見守っていると伝わる精霊ルッピンスとの邂逅を果たす。
その時ルッピンスはティーツ達にこう語りかけたと伝わっている。
「細部をボカしたからといってギリギリのところを攻めればよいというものではありませんよ。それとティーツ。あなたは女性の気持ちをよく知るべきです。魔物にアレをねぶられるだなんて、そんなことを女性が望む訳がないでしょう。だからあなたは女の子になって女性の気持ちを自分の身をもって知りなさい。これはあなたへの罰です」
えいやっ、とルッピンスが杖を振ると不思議な力でティーツは女の子に転化した。
ティーツは歓喜した。アレをねぶるスライムにこそなれなかったものの、遂に自分だけが好きに出来る女性の胸を手に入れたと。そうするうちに感極まったのか膝立ちになって泣きながらルッピンスを拝み出す始末であった。
いかがわしいイヤンも歓喜した。自分の探し求めていた女性勇者がまさかずっと一緒にいたなどと、一体どこの誰に想像できたというのかと。イヤンは旅で長い禁欲生活を続けるうちにひとつの考えに至っていた。男でもいい。女なら尚良いと。
イヤンがティーツを見つめる目は据わっていた。
お前の勇者じゃない、とティーツは思った。ついでに貞操の危機であった。
ティーツたちのその様を見たルッピンスはダメだこいつら…と何かもう色々と諦めたという。
お目汚し大変失礼いたしました。