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8.死亡遊戯の立案者達

 評判宜しくないかのエドワード・ベイツには、やはり評判の宜しくない手下が居り、彼らはこれまた評判の宜しくない仕事を行っている。報酬が素晴らしい為、その傘下に入りたがる人間もかなり居るのだが、しかしそこには雇われる為の条件が二つ程あった。

 一つは当然の如く腕が立つ事、そしてもう一つは、どんな理由であれ異形、異端であるという事だ。前者は元より、後者は、保因者(キャリアー)なのでは、と噂される(本人はそれを否定しているのだが)外見をベイツが持っている為である。彼は、周囲に普遍普通の……彼からすれば容姿端麗な……者が居る事に我慢ならないのだ。

 その配下の中でも、眠れる獅子の国からやって来た双子は、ベイツのお気に入りだった。

 赤い衣の方がメンシャン、青い衣の方がヤオシー。意味は中国語で『扉』と『鍵』らしいのだが、そんなものが名前として通じるのかは疑わしい所だ。恐らく偽名だろう。それでも、二人一緒に居る姿がぴったりと合っているので、皆そう呼んでいる。その方が東洋の、双子の神秘が感じられて良いし、また『ドア』と『キー』では締まりも悪い。

 そんな名前と出身国以外何も知られていない彼らは、それでも長き歴史の果てに培われた技術を持ち、また金が支払われている限りは(と、常々公言している)決して主を裏切らず、職務を忠実にこなす精神も持っている事で、ベイツから最も信頼を置かれていた。側近として他の者達を指揮し、主の護衛から人に言えぬ雑務の処理まで、幅広い仕事ぶりを示している。

 ただ、彼らが気に入られているのは東洋人で背が低いから、と言う者も居た。事実、双子の身長は、ベイツよりは大きいけれど他よりは小さい、という程である。

 しかし、彼らの技量が高いのも、確かな事だった。

 で、無ければ、精鋭七人を連れてこんな所まで来る筈が無い。


「何をしているのです、早く追いなさいっ。」

 メンシャンは部下達へ叫ぶと、色眼鏡越しに、鋭い視線をヤオシーへと向ける。

 眼は口程にものを言うそうだが、双子である彼らの場合は口以上の力があった。

 何をしてでも逃げたアリスを連れ戻せ、というのが主の命令である。それがまさかこんなに早く見つかり、そしてあの大鴉(ネバーモア)が絡んでいるとは、思ってもいなかった。だが、この様な想定の範囲外の出来事が起きる事は予測していたし、その為に七名の部下達を引き連れてきたのだ。一人早々と消えて六人になってしまったが、構うものでもない。白人など、手駒として何かの役に立てばまぁ良い都言う程度の存在に過ぎない。それに、エドワード・ベイツには、現地にて兵を徴収出来る力がある。多くの人間の心を、用意に揺れ動かす力だ。それをよく把握し、助長させる技を、メンシャンとヤオシーは会得している。

 一人が相手ならば二人。二人が相手ならば更に大勢を注ぎ込めば良いのだ。

 彼らは僅かに頷き合うと、扉では無く酒場(サルーン)の中央目掛けて走り出した。

 群集の眼が一斉に向く中、一気に駆け抜け、跳躍。

 空中にて二人同時に一回転し、開いた脚で勢い良く卓を踏み鳴らして立ち並ぶ。

 突然の奇行に皆の意識がそちらへ向く。水牛男(バッファローマン)の呻き声など、誰も気にしてはいない。

 所詮は白い猿の群れか、と内心嘲笑いながら、双子は徐に跪くと、

「あそこに居られたお方こそ、親愛なる我らが主の麗しき来客、アリス嬢。」

「姿が見えぬ故探しに出れば、何と、かの大鴉が手の中に居られるではありませんか。」

「救いに迎えし我らの同胞も、これこの様に一蹴されてしまう始末。」

「直ぐに追った者達は六名。しかしそれとてあの者相手に叶うかどうか。」

「ならばこそ、ここに畏まって申し上げましょう。」

「我らが主と客人が為、この任に協力してはくれませんか、と。」

 大仰な手振り身振りを加え、詠うが如く浪々と、そう交互に叫んだ。

 突然の申し入れに、巣窟はざわめきで満たされて行く。

「勿論、何の報酬も無く奉仕してくれ、とは申しますまい。」

 すっと立ち上がると、メンシャンは手を鳴らした。それに合わせ、跪いたままのヤオシーは、絶えず持っていたしっかりとした皮製の鞄を置くと、それを開けて中身を見せる。

「我らに協力して頂ければ、こちらを進呈致しましょう。」

 そこに入っていたのは、整然と並んだドル紙幣の束だった。具体的に幾らあるかは解らないが、それでも全部合わせれば、半生は遊んで暮らせそうな位はある。染み一つ、皺一つ無い真新しい表面からは、独特の香りが匂い立ち、まるで媚薬の様に、周囲の者達の心をくすぐった。

 酒場の一方ではどよめきが、もう一方では生唾を飲む音が響き、

「おいこれ本物かっ?」

「ええ、勿論本物ですよ。」

「あの娘を取り戻せば、これをくれるんだな?」

「その通り。我らが主、ベイツ氏は惜しげも無くそれを提供するでしょう。」

 最も近くに居たカウボーイらしき一団が、辛抱ならんとばかりに紙幣へと躍り掛かる。

 そんな彼らを見下ろしながら、尚穏便な口調で放たれる双子の言葉に、男達は叫んだ。

「そんな事でいいなら、やってやるぁよ。」

「おぉおぉ、ベイツさんの頼みなら何だって聞くぜっ。」

 彼らの叫びが口火となり、俺も、俺もと、ゴロツキ達が名乗りを上げた。

 その様子に、双子は気取られぬ様、長い袖で口元を隠しながらほくそえむ。

 意識の隙を付け込む大胆な演技。慇懃でありながら壮大で、巧みな口振り。相手が悪で、それを成敗する自分達は正義だという言い分。そして価値を、数量という最も解り易い形体にまで還元させた、金という存在の、大量極まりない額の提示。

 これがベイツの力を利用した、双子の技である。

 ものの五分と掛からずに、酒場に居た者達の凡そ半分は、彼らの配下となった。

 愚かな民衆は虚言を真実と受け取ったのだ。元より、真実などどうでも良い連中である。騙す事など造作も無いし、そんな連中を騙す事に痛む心などある訳が無い。

「ヘイヘイ待ちな、お前ら。」

 そう己の成果に満足していた双子の前に、思わぬ邪魔が入り込んだ。

 『負け犬達の巣窟(レザボア・ドッグス)』がマスターである。

 彼は黙って演説を聞いていたが、とうとう我慢出来ずに口を開いた。

「俺様の店のテーブルに土足で立っているそこの怪しい中国人の言う事が、仮に正しくて本当にその金を渡してくれたとしても、あのいやらしいベイツが今回に限って凄ぇ敬虔深かったとしても、だな。お前らが相手にしようとしているのが、誰だか忘れるのは良くないぜ。おい、お前ら全員良く知っているじゃないか、あいつの噂は、よ。」

 その言葉に、彼方此方から、うっ、という呻き声が上がる。

「……大鴉。」

 誰かが思わず呟いた、その言葉が全ての答えだった。

 思わず忘れていたが、敵は泣く子も黙るあの化物なのだ。

 仮にここに居る全員が一度に挑んだとしても、勝てるかどうかすら解らない様な。

「ま、そういう事だ。おい、そこの中国人ども。うちの客を妙な事に巻き込まんでくれや。」

 額を輝かせて、マスターはそうメンシャンとヤオシーに言う。結局の所、彼が言いたい事は最後の部分に集約されており、暗に厄介事は御免だと言っている訳なのだが、確かにその通りで、誰もが押し黙ってしまった。

 表情こそ乏しいが、腸が煮えくり返る思いで、双子は色眼鏡越しにマスターを睨む。

 後もう少しだったというのに、この禿が全く余計な事を。

 きつく結んだ唇の中で、彼らはぎりっと奥歯を噛み締めた。

 辺りが、無音に沈んで行く。

 

「あら皆さんお忘れですか?」


 そんな中、凛と透き通った声が響いた。

 マスターも双子も含めたその場の全員が、声が聞こえて来た方を向く。

 カウンターの端、階段に最も近いその場所に、銀髪の美女が微笑んでいた。

 細身の体に似つかわしくない派手な衣装を着た彼女の耳は、長く鋭く尖っている。

「あんた確か大鴉に囲われてたエルフじゃねぇか。」

「おい。一体何を忘れてるのか、教えて貰おうじゃないか魔女さんよ。」

 静寂を破った銀髪のエルフに、男達は侮蔑と、そして歪んだ欲望が弄り混じった視線を送りつつ、口々に叫んだ。それでも彼女は、微塵も顔を動かさずに、

「嫌だ、本当に忘れちゃって。噂ですよ、噂。大鴉の、最も良く聞く噂、です。」

 そう言う。

 噂、という言葉に、皆一様に頭を捻った。

 大鴉に纏わる噂。

 凡そありえないが、しかし実際に遭遇すると信じたくもなる噂。

 曰く、地獄の悪魔の息子である彼は、老いる事も死ぬ事も無い体をした黒い怪物あり、父から与えられた、放った弾丸が必ず命中する魔法の拳銃と、魔神が産み落とした八本脚の馬を持って、戦士の魂を捕らえて回っている狩人で――

「では聞きますが、貴方達は戦士なのですか?」

 皆がその噂について思い出した丁度その時、狙い済ました様に美女は言う。

「俺達が臆病者(チキン)だって言うのかいっ?」

「いいえ、違いますわ。そうとは言っていません。」

 鉱夫の一人が声を荒げるのを、やんわりと受け流しながら、彼女は続ける。

「私が言いたいのは、貴方達は善良なる市民だ、という事です。」

 そして、ちらりと双子の方を見て反応を伺いながら全員に聞こえる様、

「思い出してください、あれはこの方々の勇敢なお友達を殺す事無く、皆さんの前から逃げ出しました、一目散に、です。解りますか? 逃げたのですよ、貴方達から。あれは、あれこそは臆病者であり、悪党しか殺せない生き物なのですよ。殺しても、誰からも文句を言われない、同じ穴のムジナしか、です。でも、貴方達は違うでしょう? 哀れで可哀想な、そんな少女の為に立ち上がろうとした、貴方達一般市民の方々は。」

 言い終えると、酒場中を見渡し、ふふっと微笑んで見せる。

 群衆は、そういえば、と、その微笑に釣られる様に、水牛男へと視線を向けた。片方の角を蹴り折られ、今もまだ意識戻らぬままとはいえ、命までは取られていない。最早二度と(ネバーモア)逃げる事叶わぬと言われた、あの化物が彼を逃したのだ。そして、逆に自分が逃げ出した。

 これはもしや、いやまさか、というどよめきが辺りから立ち上る。

 そしてメンシャンとヤオシーは、彼らの動揺を見逃さなかった。

「彼女が我々の言いたい事を代弁してくれました。」

「勿論、手元にあるお金はほんの心ばかりのもの。」

「アリス嬢を連れ戻した暁には、」

「ベイツ氏はこれよりも遥かな謝礼を与えてくれましょう。」

「「さぁ如何か、我らが街の素晴らしき民達よ。」」

 双子の声を聞いて、皆一様に黙り込んだ。

 そうして、暫くの沈黙と、時が過ぎた後で、

「……動かぬ訳が無ぇ。お前らそうだろっ。」

 双子の言葉を受けて、カウボーイがグラスをテーブルに叩き付けつつ立ち上がった。

 それを皮切りにして、一斉に賛成の歓声が沸き起こる。

「皆さん。あれに慰み者にされていた私からもお願いです。どうか、彼女を助けてください。」

 エルフが手を組んでそう嘆願するならば、正に火へ油を注ぐ様なものだった。

「おうとも、任せろエルフの姉ちゃん。」

「怪物退治の始まりだぜ。」

 男達は獲物片手に叫び合うと、鞄の中から札束を掴み取っては、次から次に外へ飛び出した。ろくな裏付けも無い論理だが、それでも彼らの最後の堰を断ち切るには十分過ぎるものだった。自分達だけは安全、という勝手な思い込みを胸に、自称善良なる市民は馬か、或いは己の脚で持って駆けて行く。

 その様子を、まるでやんちゃな我が子を見ている様な表情で見送る女性に、マスターがその額に皺を寄せながら、徐に尋ねた。

「……おいローラ。お前……何でそんな事を言ったんだ?」

 彼は知っていたのだ。

 自身や他の皆が何と言おうとも、この娼婦だけはあの男の味方であった事を。

「はい? マスター、そんな事とは何でしょうか。」

「何、ってお前、そりゃ……。」

 マスターは更に口を開こうとして、しかし押し黙ってしまった。

 銀髪のエルフ、ローラが浮かべている笑みが、尋常ではない事に気が付いた。

「おかしな人ですねマスター。困っている人を助けるだなんて、当たり前じゃないですか。」

「……お、おう。」

 精巧に造り込まれた仮面の如き微笑みの前にして、マスターは何も言う事が出来ない。嫌な汗が、つぅと一筋、その額から滴り、カウンターの上に落ちた。

「それが本当かどうか、」

「我々も聞きたい所ですね。」

 そんな彼らの元に、メンシャンとヤオシーが現れる。

 この女によって当初の目的は達した。だが、話を聞く限り、彼女は大鴉の愛人。

 ならば何故、こんな愛人を売る様な真似をしでかしたのか。

 黒のレンズを通してでも尚鋭い眼光を前にして、マスターはたじろぐ。

「あら……でも、大した事じゃありませんよ。」

 だがローラは、あの仮面の笑みもそのままに、こう言ってのけた。

泥棒子猫(プッシー)も、それに騙される様な人も、あれ位やらないと懲りない、でしょ?」

「……成る程。」

「そういう事ですか。」

 そんな風に、ろくでも無い単語をのたまう彼女に、双子も笑って頷いた。

 要するに、痴情の縺れだ。それならば、よく知っている。どれだけ時が移ろい、場所が変わろうとも、男と女が居る限り、決して無くならない、世のいざこざの元凶が一つだ。

 そしてこの女は、傾国の美女と呼ばれる類の存在に違いない。

 男達を翻弄し、引いては大国すら揺るがす、獰猛な英雄殺し(マンイーター)だ。

「えぇ、はい。」

 未だ笑ったままのローラを見ながら、メンシャンとヤオシーは同時に同じ事を考えた。

 エドワード・ベイツや我々、そしてこの街の者達に追われるよりも。

 この女一人を敵に回した事の方が、余程恐ろしいのではないか、と。

「解りました……ともあれ、貴女には協力して頂き、感謝します。」

「この恩は、機会があれば必ずや返されましょう、我らが主によって。」

「それは楽しみですね。」

「えぇ……それでは、我らも彼らを追いましょう。」

「何時かまた、時が来れば、その時にでも。」

 すっと袖の中に腕を入れてお辞儀をすると、二人はざっと一歩後ろに下がった。

 そして振り返ると、音も無く走り出し、スイングドアの隙間からさっと外へと消える。

 まるで目の前の、か弱きエルフから逃げ出すか様に。

「……本当に、良かったのか? ローラ。」

 後に残されたマスターは、やはり佇んだままのローラに、恐る恐る問い掛ける。

「ええ、良いのですよ、これで。」

 そう応えた彼女の顔からは最早笑みが消え、驚く程表情の無い顔が浮かんでいた。

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