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24.最早二度と

 列車が赤の他人同士の客を乗せ、次なる駅目指し線路の上を進んで行く様に、時が過ぎた。

 時が過ぎれば人は変わる。それこそ、新たな地へと到達した様に。


 故エドワード・ベイツは、その変化が顕著に現れた人物である。

 列車の中と外で繰り広げられていた全ての騒動が、複数頭分に感じられる蹄の音と、馬の嘶きと共に静寂へと陥っていった後、乗務員及び乗客の一同は何があったのかと前に、前にと押し寄せ、そこで彼の大富豪、金鉱主の変わり果てた姿を発見したのである。

 状況から考えるに、これはあの大鴉(ネバーモア)がやったのだという事で、多くの者がそうである様に

賞金稼ぎから一転賞金首として手配書が配られたが、それは一時の事だった。

 ベイツの死後、彼が行ってきた様々な悪事が、南部の忌まわしき習慣よりも更に忌まわしき悪事が、職を失った配下達の口より語られ、噂として広まったのである。

 またベイツと共に一人の薄幸そうな、色白の可愛らしい少女が乗っている所を多数の人間が目撃していた。そんな彼女が列車から忽然と消えている所を見ると、彼は何らかの英雄的行為を行ったのでは、という話が言われ、死の恐怖の象徴とまでされた大鴉は卑劣な悪漢から乙女を救い出した勇者と称えられ、手配書も風と共に消えた。民衆とは得てして勝手なものである。自分達の都合の良い方に物事を考え、動き、何よりもその責任を別の、突出した人間に押し付けるのだから。尚、今回彼らを大鴉向きにさせたのは、外見をして殆ど同じ形容詞を持って語られたある一人の少女にあるのは間違いあるまい。

 ともあれ、こうして命どころか、死後の名誉すら失ったベイツだが、もしこの事件が無くても、また市民達の精神が別のものであったとしても……それは百年やそこらで変わる様な代物では無いと思うが……結果は変わらなかったかもしれない。何故ならば、この事件から半年後より鉱山から金が取れなくなり、金鉱で持っていたベイツタウンも徐々に寂れ、遂には廃鉱、ゴーストタウンとなってしまったからである。ベイツが絶対のものと考えていた金はその実こうも容易く消え失せてしまうものだという事実は、正に皮肉と呼ぶべきだろう。

 街の住人達を構成する炭鉱夫や山師、そして職業を明記出来ない様な者達は、さっさと次の鉱山へと行ってしまったが、そうでない者も居た。

 洋服屋を営んでいだ『金メッキの』ステファニーは、出身地である東部の街に夫共々戻って行った。怪馬の姿に寝込み、起きてから彼女の性格は一変。メッキは剥がれ、新たに始めた洋服屋では、謙虚且つ温和な奥様としてなかなかの評判である。ただ、派手な服飾センスは相変わらずであり、また馬を怖がって馬車にも乗る事が出来なくなってしまったが。

 彼女とは別に、あの『負け犬達の巣窟(レザボア・ドッグス)』がマスターも、新しい街で同じ仕事に付き、成功した一人である。元々話芸に秀でていた彼は、ベイツタウンの大鴉騒動を間近に見た人間として、後の噂や想像を絡めて大胆に脚色を加えながら、店に来る客に話したのだ。浪漫溢れる冒険活劇となったその話は好評を得、店は繁盛したという。

 尚その店『一夜を掛けた馬鹿騒ぎ(フロム・ダスク・ティル・ドーン)』では、大抵の阿真利火(アメリカ)人だったなら吐き出してしまいそうな程に濃い珈琲をそのまま一気に呑むのが通なのだとか。

 それから、忘れてはいけないのが、あのローラである。

 彼女は、暫くの間、カーシィ・キャルビンと共に森の中で暮らしていた。

 それは共に愛すべき者が消えた中で、父と娘、或いは兄と妹の様に、そこそこ上手くやっていた様だが、しかしそれは残念な事に長続きしなかった。老人に憑いていた病魔が、遂に彼の寿命まで到達したのである。ローラは、病気の割りには穏やかな死に様を最期まで看取ると、カーシィの為に小さな墓を作って、そのまま森を出て行った。ベイツタウンが完全に崩壊する数ヶ月前ではあったが街には戻らず、そのまま新たな恋を求めての旅へと出たのだ。

 その旅の道連れには、あの両角を失くした男が伴われていたという。

 彼らの旅についてもまた語りたい所ではあるが、それはまた次の機会に回すとして、最後になったけれど、この物語の中で最も重要なあの二人について記しておくとしよう。

 あの後、ケインとアリスは――


 ふと瞳を開けると、太陽は天地の全てを朱く染めながら、西の地平に沈もうとしている。

 小さなテラスにあるデッキ椅子に座り、暫くの間呆然としていた私は、自分が洗濯物を取り込もうとして眠ってしまっていた事に気が付いた。

 耳元を流れてゆく穏やかな風に、雲ひとつ無い空の彼方から届く日の光の心地良さについ感じ入って物思いに耽った結果だとは思うけれど、迂闊と言えば余りに迂闊だ。

 まだ何も片付けていないというのに、もう直ぐあの人が帰って来てしまう。

 私は慌てて立ち上がろうとした、が余りの夕日の美しさを見て、それを止めにした。

 この、決して大きくも無ければ美しくも無い、けれども確かな造りをした小屋の前から見える黄昏の中の黄金の光景が、私は一番好きだった。彼と私、と言っても実際に作業したのはあの人の方だけれど、その力で育て上げた、小麦畑。

 彼と共にここに来たのは、僅か数週間前の事だ。

 奇怪な東洋人を倒してから、私達は色々な所を回った。元の場所に戻るには、二人とも複雑な想いを抱く相手が居るし、それにあの人はベイツを殺した罪で追われる身だったのだ。

 街から街へ、州から州へと渡り歩き、やがて彼の罪が晴れたその一ヵ月後、あの人は辿り付いたこの地(何処か言わないのは、一応の用心の為だ)を手持ちの全財産掛けて買い取った。

 最初に雑草以外何も無かったこの場所を示しながら、彼はここで暮らそうと言い、私が当然の様に快諾すると、あの人はさも嬉しそうな、無邪気な子供の様に笑った。

 その笑顔を見るのは、彼が喜ぶのは、私も嬉しいから、私も笑ったものだ。ベイツとやりあって付いた怪我二つはそのままで顔の半分は包帯が巻かれており、笑うと自分でも少し気になったが、彼が構わないというのだから、構わないのだろう。

 しかし、それにしたって、「君は君だからこそ美しいのだから、外見の損傷の一つや二つどうって事は無い。」だなんて言うのは、ちょっと恥ずかし過ぎるのではあるまいか。私が、思考や感情を肌の色艶に反映させる事が出来ないから良かったものの、もしそうだったなら、きっとあの時の私は人参の様に顔を真っ赤にさせたに違いない。今こうやって思い出しても、随分とそれは恥ずかしいものなのだから、直接言われた時の動揺と言ったら無かったものだ。

 本を余り読んでない癖にそんな言葉がぽんと出るのには困ったものね、と、私がそうくすくす笑っていると、麦畑の向こうからセレーネの活き活きとした蹄が聞こえて来た。

 同じく、僅かに乱れた呼吸がここまで届き、私は今度こそ椅子から立ち上がる。

 更に、意識を機構の細部にまで行かせるべくぐっと伸びをしてから、テラスを降りた。

 さぁ愛しい人が畑仕事に精を出してお帰りだ。さっさと洗濯物を取り込んで、食事の準備に取り掛からなくちゃ。私は食べないし、あの人も余り食べないけれど、彼の場合はそれでもやはり食べないといけないし、作るのは愉しいし、今ならお腹も空いている筈だ。それに本だ。今まで読んでいなかった分からか、毎夜毎夜読み聞かせてくれと頼んでくるそれだが、今夜は何を読もうか。勿論彼自身、多少なりとは読めるけれど、それでも読めるものは限られるし、それに私の口から聞きたいのだという。本の虫、というか、本そのものの様な私にはそれは苦でも何でも無いが、けれどあんまり恥ずかしい言葉がぽんぽん出て来る風になるとそれはそれで困りものだから、物語は慎重に選ばなくちゃ。とりあえずはまだ終わっていない千夜一夜物語(アラビアンナイト)を聞かせるとして、次はどうしよう。嗚呼、まだ聞いていないけれど、あの物語はどうだろうか。私と同じ名前を持った、あの少女の物語だ。今から考えると、私達はあの娘と同じ位の事態に遭遇した気がするから、もしかしたら彼にはつまらないかもしれないが、物は試しだ。現実とは全く違う不可思議さを気に入るかもしれない。彼、結構浪漫趣向者(ロマンティスト)だし。

 ともあれまずはお出迎え。無数の思考を無数の歯車に乗せて考えながら、最後にそう締めた私は、けれどもやはり急ぐ事無く、ゆっくりとした調子で麦畑の間に出来た道を歩いて行く。

 もう前の様に走る必要は無い。それはそれで愉しいが、今は要らないのだ。彼とその愛馬はもう目の前に居て、この間を邪魔する者は誰も何もないのだから。

 だから、私は歩いた。静かに、焦らず、のんびりと。

 やがて近付いた彼は、セレーネから降りるとこの体をひょいと抱き上げてくれた。腕で抱いて、顔を胸に当てさせてくれた。熱い血潮が流れる確かな音を私に感じさせてくれた。

 そして笑みと共に言ってくれた。口にするのは毎日毎日同じ文句で、けれどそうだからこそ素敵な言葉であり、私も笑顔を作りながら、普段と変わらぬ台詞で返す。

 それは、ほら、こんな感じで。

「ただいまアリス。」

「お帰り、ケイン。」


 互いに黒い髪と、白い服を微風に靡かせながら、抱き合った二人の影が金色の大地に差す。

 その様子は果て無き平穏を思わせ、更にはある事実を白日の下に証明するものであろう。

 つまりこの青年と少女が、最早二度と、その身も心も、魂すら別れる事が無いという事だ。

 そう、正しくは最早二度と。そして永遠に。


 FIN

という訳で『Beauty And The Beast』で御座いました。

まずはここまでお読み頂きまして、ありがとう御座います。

今作は、某新人賞に投稿するも一次選考落ちしたものなのですが、

埃を被らせて置くのも何なので、ここに上げる事としました。

自分なりの精一杯を尽くして書いてみたのですが、

如何だったでしょうか。

もし宜しければ感想(特に駄目出し)を頂ければありがたいです。

ともあれ、改めて、ありがとうございましたっ。

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