【短編BL】俺は自炊エンジョイ勢
(あらすじより抜粋)
冴えないアラサー独身男性“トッツン”は、五年間ずっとネット上でつるんでいたフレンド“カジャイモ”から手料理オフ会を提案された。
トッツンとしても自炊エンジョイ勢を自称している以上、他人に料理を食べてもらう事にやぶさかではない。
ゆるく作って、ゆるく食う。
そんな二人の短い物語。
※本作は【初心者歓迎 全年齢向けBL短編企画】のサンプルとして投稿したものです。
自分でも度々、振り返って思うのだが……。毎日毎日、どうにも有り難くない構図だ。
俺みたいな冴えないアラサー独身男性が、二十平米そこらのちゃちなワンルームの真ん中にテーブルのある部屋でノートパソコンを開いている図なんて。
(服装が芋臭いジャージって辺りは、我ながら些か良心的かもしれないが……)
日課のブラウザゲームは本日緊急メンテ中につき休み。
代わりに俺は、ゲーム繋がりで知り合ったフレンドさんとSkypeで通話している。
来週の休みが被っているから、その時にオフ会でもしようという話になったのだ。
かれこれ五年から六年来の付き合いだし、そろそろオフ会の一つでもしてはどうだというのは確かにあるもんな、うんうん。
相手から出てきた幾つかある提案のうち一つに、俺はオウム返しをする。
「……料理の作りっこ、かい?」
確かに自炊エンジョイ勢である俺の腕前を披露するにやぶさかではない。
だがtwitterにアップロードしているものを見て「美味しそう」と言うのと実際に食べるのとでは違ってくるだろう。
平たく言えば、こいつの口に合う保証がないって事だ。
『どうッスか~? お互い、都内ですし、トッツンさんなら俺ン家の無駄に広い台所をフル活用してくれるんじゃないかって』
トッツンというのは、俺のハンドルネームだ。
詳しい経緯は忘れたが、確か“とっつぁん”をミスタイプして出てきたのが発端だった気がする。
ちなみに、このフレンドさんのハンドルネームはカジャイモ。
「よっしゃ。乗るよ、カジャイモさん。それで持ち物は? フライパンとか、フライ返しとかは要る?」
『いやぁー調理器具はだいたい揃ってますよ。たぶん大丈夫かと』
雑だなオイ……フライパンだって色々なサイズがあるからな?
小さいやつだと、もやしが炒めている間に12%くらい吹っ飛んで無駄になるんだぞ。
「えっとさ……直径28センチくらいのフライパンある?」
『マジっすか!? そんな大きいのなんて無いですよ。えーっと――』
――カラカラカラカラ、ビッ
どうやらメジャーで測っているらしい音が聞こえてくる。
『あ、18センチですね』
「う~ん微妙に小さいッ! 持っていくね!」
『一体何を作るんだろう』
「ひーみーつ」
『エー?』
この手のアレは、サプライズ演出を噛ませてこそだろ。
ましてや俺の場合“#トッツン飯”ってハッシュタグ付けて毎度のごとく投稿しているわけだし、割と手の内を明かしちゃっているんだから、新鮮味が足りないってもんだ。
「カジャイモさんに、家庭の味を教えてやるよ」
『ハハハ! 楽しみにしてますね』
「ボウルとザルは? あとおろし金、大さじ小さじは? 秤は――無くていいや。計量カップは欲しい」
『ちょちょちょちょちょ待って下さい今メモりますから!』
―― ―― ――
さて、待ちに待った料理オフの当日。
何気に楽しみにしていたので、リュックサックがパンパンになるほどの調理器具を持ってきてしまった。
28cmのフライパン
木べら
まな板
包丁
そして――おろし金!
食材だって、たんまり持ち込んだ。
フランスパン(もとい、バゲット)1本
鶏胸肉だいたい200g
にんにく2欠片
唐辛子2本
人参1本
ズッキーニ1本
コンソメ
鶏ガラ顆粒
トマトホール(つまり皮を剥いたトマト)缶!
保冷剤と一緒にクーラーボックスにブチ込んだ。右手が重たい。
(塩コショウとオリーブオイルとモッツァレラチーズは、あっちで用意してくれているからオーケー)
正直に言うよ。
……重たい。
電車でそんなに長い距離じゃないっていうのに、もう腕がパンパンだ。
ちょっとこれ、頑張りすぎたかな。
お互いの自撮り写真をダイレクトメッセージで交換してあるから、顔は把握済み。
「すみませーん待たせちゃいました?」
手を振りながらやってくる童顔で低身長な、ちょっとチャラい雰囲気のイケメン。
彼こそがカジャイモくん。19歳の大学生だ。写真より顔がいいぞ……。
「いや、いま来たところ」
「またまた~。デートじゃないんですから!」
「茶化すんじゃないよ」
「とかいって実はちょっとドキッとしちゃったりしませんか?」
カジャイモくんは身体を斜めにして、俺のほうへ覗き込んでくる。
ニッコリ笑った口元には、八重歯が。
なんなんだお前……二次元かよ。茶目っ気溢れる後輩キャラかよ……。
あんまりまじまじと見つめるのも何だかなので、俺は慌てて顔を逸した。
「……ばーか。誰がドキッとするか」
「ハハハ! ですおねー!」
そりゃ、そんだけ綺麗な顔してりゃあさぞかしモテるんだろうなって、羨ましく……いや、羨ましくなんかない。断じて!
とはいえ……まあこのチャラさというよりフットワークの軽さが、きっと交友関係を広める秘訣の一つなのかもしれない。
実際問題、顔を合わせたのは初めての筈なのに、もう何というか従兄弟同士みたいな雰囲気を醸し出している。
それに俺自身も、随分と感化されたと思う。昔なら新しいことなんて、そんなカロリーの高い事は「だったら焼き肉を奢ってくれよ」と言うくらい億劫だった。
今はそんな事ない。
少しでも興味のある事だったら、続けるかどうかはさておいて、ちょっとだけでもやってみる。
このオフ会だって、そんな数ある『ちょっとやってみる』うちの一つだ。
「――あ、此処です、俺ン家」
「へぇ……」
まじかよ。
塀に囲まれた二階建ての一軒家って! いくら古臭い見た目とはいえ!
しかも、そこそこの広さだ……俺の部屋の倍はあるかも。
表札には特に何も付いていないのは、今どき珍しいもんでもなかろう。
「じっちゃんが持ってた物件だったんですけど、大学が近いから俺が貰っちゃいました」
部分的にリフォームされているようで、ドアはガラスの引き戸じゃなくて金属製だ。
「お靴はそのへんに脱ぎ散らかしといて大丈夫です。俺しか住んでないし」
「いやいや。ちゃんと整えるよ。客人だもん、俺」
「キチョーメンだなぁ……」
「そうかな。玄関がもともと綺麗だから、あんまり汚したくないだけだよ。結構広いのに、しかも一人暮らしでしょ? 掃除、大変だろう」
「んー……まぁ、見えるところだけ急いで掃除したんで、使わない部屋は物置みたくなっちゃってますよ、ハハハ」
などと、カジャイモくんは照れ隠しなのかなんなのか解らない事を述べながら、俺をリビングまで案内してくれた。
「……」
リビング、でっか!!
俺の部屋くらいは余裕であるぞ……奥にキッチン、手前にはソファとテーブル……雨戸は大きく、午後の麗らかな日差しが優しく射し込んでいる。
テレビは無いが、最近はそんなもんだろう。
「ね。一人暮らしの俺には過ぎた家っしょ。じっちゃんとばっちゃんは、鍋さえあれば事足りてたみたいで、大した調理器具は無いんですよね。あ、冷蔵庫はそこに。それともすぐ作ります?」
「すぐ作ろう。昼飯まだなんだよね。腹減った」
「じゃ、俺も同時に作りますよ」
それが可能なくらい大きな部屋なんだから恐れ入る。
テーブルの上にカセットコンロがあるから、俺がこっちを使えばいいのかな?
などとフライパンを置こうとしたら、止められた。
「こっちが俺っすよ。トッツンさんは、あっちのキッチンで」
「いいの?」
「いいんです。俺、そんな大それたもんは作らないんで」
それじゃあ早速、調理開始だ。エプロン装着!
「ピンクのエプロン、可愛いですね」
「よせやい。おちょくってくれるなよ」
母親が「買うくらいならこれ持ってけ」と寄越してきた年代物のエプロンだ。
既にあちこちほつれているが思いのほか頑丈なので、俺はこいつを使い潰すつもりでいる。
こんな野暮ったいダサメンとダサピンクエプロンに対する褒め言葉なんて、世辞以外のなにものでもないだろ。
「お世辞だと思ってます? 結構、似合ってていいなって思ったんすけど」
「カジャイモさんはエプロンしないのかい?」
「これ言うと怒られそうっすけど、いちいち面倒だし、部屋着なら汚れても別にいいかなって」
「だからエプロンなんていらない……そう思っていた時代が俺にもありました……」
「ハハッどうしたんすかいきなり!」
「トマト汁だらけになったTシャツで買い物に行って職質食らった事があってだな……他に部屋着が無くて困った。あの時から俺は、料理する時はエプロンをしようって心に誓ったのさ……」
「なるほどっすね~……実体験を交えた解説は重みが違います」
オリーブオイルをフライパンに。
にんにくを適当に輪切りにして、あと唐辛子も半分に切って種を取って一緒に放り込む。
ズッキーニを角切りに。鶏胸肉も、適当に一口サイズに切る。
人参は皮を剥いて、おろし金で摩り下ろす。
コンロを着火、にんにくの香りが立ったら鶏胸肉を放り込む。
鶏胸肉に焼き目が付いたらズッキーニとすりおろし人参を入れる。
で、ズッキーニが柔らかくなってきた頃合いに、トマトのホール缶の中身を入れる。
木べらでトマトを潰しながら、コンソメと鶏ガラスープの元をほんの少しだけ。
煮立ってきたらスライスチーズのモッツァレラを3枚。
「カジャイモさん、モッツァレラチーズは冷蔵庫の中かい?」
「そうっすよ。勝手に開けちゃっていいです」
「んじゃあお言葉に甘えて」
うーわ……惣菜と炭酸飲料ばっかり……。
思わずカジャイモくんを見てしまったが、首を傾げるだけだ。
まあいい、投入! かき混ぜよう!
あとは塩コショウで味を調節しながら混ぜ続けて完成。
だいたい三十分か。
「えぇーうっそ、“生トッツン”めしじゃないですか! ちょっと写メっていいっすか!?」
なんでそんなはしゃぐのか。そこまで珍しいものでもあるまいよ。
「別にいいよ」
「ツイートしちゃっていいっすか? トッツンめし出張版!」
「画像の加工は任せるよ」
「超絶モリモリで行きます」
一体どんな盛り方をするんだ……インスタばえする感じになるのか?
「撮れたー! ありがとうございます!」
「冷めないうちに召し上がれ。そっちは、どう? なんか凄い甘い匂いしたけど」
「じゃじゃーん!」
アルミのボウルで蓋がされていたその皿の上には……えっと、輪切りのバナナの炒めもの?
「この明らかに美味そうなサムシングは?」
「輪切りバナナのバター炒め、モッツァレラチーズと胡椒と蜂蜜添え、です! チョー簡単っすよ」
「ほう……実に興味深い……」
「お! もしかして福山雅治のモノマネっすか? ちょっとタメが足りないというか“い”の音程が若干高すぎるっていうか」
「なんでそんな細かすぎて伝わらない指摘を!?」
「いやーすみません、先週ちょうど一気見しちゃったばかりなんですよね~」
迂闊だった……さてはドラマ視聴ガチ勢だなテメー。
――さて。それはさておき実食だ。
「え、マジで!? うっま……! いや、これ店を出せるレベルっすよ! 普段外食とか絶対行かないけど、え、ヤバ……こんな、ハフハフッ……初めてっす! この甘辛い味は、唐辛子と人参かなあ? スゲー……」
カジャイモくん、すごい勢いでトマトスープを食っていく。
しかし語彙力がいまいち足りないながらも、褒め言葉が次々と出て来るなコイツ……一人暮らしだと褒めてくれる人が私生活でいないから、なんというか新鮮だ。
それでいて、胸の中が少しずつ暖かくなっていくような気持ち。
この感情に名前をつけたいが、時間がかかるだろうなぁ。
「褒めても料理しか出てこないぞ」
だから俺は、憎まれ口で誤魔化す。
「毎日褒めてうまい飯食えるなら、何度でも褒めますよ俺は」
「……っ」
殺し文句かよ……そういう言葉はプロポーズの時にでも取っておきなさい。まったく。
チャラい感じを出しながら、どうしてこう、要所要所で綺麗なんだ!
互いに見つめ合う。
そのうち、なんか変な雰囲気になってきたから、互いに顔を背けた。
「あ、暑いっすね……ちょっとエアコン温度下げます」
「おう。ありがと」
じゃ、その間に俺はバナナ炒めを食べよう。
「――ん、これは……!」
バナナの甘みとモッツァレラチーズの味が見事に絡み合って、癖になる。多分、他のチーズじゃ出せない味と食感だ。
胡椒とハチミツとは、なかなかお目にかかれない組み合わせだな……俺のように勝ち筋から抜け出せないレパートリーよりか、こいつみたいな冒険心のほうがよっぽど貴重だと思うんだが。
くそっ、侮っていた……お前もまた、自炊エンジョイ勢だったのだな……!
「――不味く、なかったっすか?」
そんな不安そうにするなよ。
「えっとね、言葉を失うくらい美味い」
なんて言うと、カジャイモくんはパッと見で解るくらい目を輝かせていた。
「やった!! これ他の人にはそうでもなかったらどうしようって思ってて。でも、良かったです。美味しいって言ってもらえて」
「これからも自炊エンジョイ勢トークしような」
「いやー……いつもはコンビニ飯かお惣菜っすよ。作る暇が無くて」
「マジかー。俺がこっちに住み込みなら、炊事洗濯諸々をするにやぶさかじゃないんだがなあ……」
「――え! いいんですか!?」
待て待て待て待て待て顔が近い顔が近い!!
あと握り込まれた両手が熱い!!
「す、スイマセン! ちょっとテンション上がっちゃって……引きますよね?」
「そんなでもない。シェアハウスは正直魅力的だ。迷惑じゃなけりゃ、是非ともお願いしたい」
「迷惑なんてとんでもないですよ~! でも、本当にいいんですか?」
「……職場も駅が一つ遠くなる程度でそんなに支障ないし、契約中のアパートももうすぐ更新切れる頃合いだったから……それに家賃が浮けば、俺としても何かと助かる」
それに……。
「ネット上だったとしても長い付き合いだろ。人となりは把握しているつもりだよ。大丈夫、どうとでもなる」
「トッツンさん……!」
「……ああ」
「さてはその台詞もドラマのパロディっすね?」
「なんでだよ!? 俺のオリジナルだよ!! 仮に照れ隠しにしたって下手すぎだろ!」
ったく、人がせっかくしんみりしているのに、変なところで茶化しやがって!
お前リアルでもそういうテンションなのかよ!
……でもまあ、嫌いじゃないよ、そういうところ。