ぼくは伝令係
ぼくは伝令係。
ぼくの生まれ育ったあたたかい王国の、高くもなければ低くもない地位で、ただ情報を伝えるために走り回っている。
今も、ぼくは寝ないで走る。国境から王城までは防犯のためかとても遠い。
ぼくは何も持たない。努力して軍に入り、努力して信頼を得たけれど、生まれが高貴なわけではないからこれ以上の地位も権力も望めない。
走る。走る。血の味がする。
もうずっと後ろになってしまった国境では、必死で外国からの攻撃に耐えている人たちがいる。
ねむい、ねれない、頭がもうろうとする。
ぼくの役目は、ただ王様に敵からの攻撃をしらせるだけ。他には何もできない。
ただ一言を告げるために、ぼくは寝ないで走る。
後ろでは、将軍さまや仲間たちが戦っている。偉い、貴族の将軍さまは一生けんめい命令しているし、それを守る立派な騎士さまは一生けんめい守りを固めている。歩兵たちは次々血を吐いて、それでも敵の前に立たなければならない。
ぼくには何もできない。
王城では、むずかしい顔をした大臣や貴族さまたちが一生けんめい国について話し合っている。王様やその家族たちはみんな一生けんめい自分の命を守ろうとしている。そこで働くたくさんの人々は、一人いなくなっては新しくなる顔ぶれに、もうほとんどまひしている。
ちっぽけなぼくには、何もできない。
走り過ぎるまちは、王城から遠ざかれば遠ざかるほど、かなしくてさびしいにおいに満ちている。家族、お金、ごはん、ねむり、楽しみ。今のぼくがごくふつうに目の当たりにするものが、どこを通っても見えない。
襲い来るおいはぎを殴り飛ばし、すり寄ってくる女の人をかわしながら、ただひたすらに走る。
ぼくは、何もしてあげられない。
何かを変えたくて、何かを成し遂げたくて、頑張ってぼろぼろになりながら強くなった。
ぼくの努力の何十倍もつらい思いをした大切な人を思い出し、じぶんをふるい立たせた。
結局ぼくは伝令係。
ぼくをここまで努力させたなまぬるい王国の、高くもなければ低くもない地位で、ただ情報を伝えるために走り回っている。
幾人もの兵が死にました。
敵兵は多く、彼らだけでは持ちこたえられません。
敵は最新の兵器を使います。
近隣の民が、泣き叫んでいます。
将軍さまは命令を出して、騎士を連れて逃げました。
走る、走る、ぼくは、走る。
援軍を、助けを求めるために走る。
たくさん、たくさんの人が死にました。
そう伝えるために、走る。
そう、死んだ。
大切なあの子は死んだ。
だから、ぼくは変えたくて。
なにも、なにもできない。
ねむい、くるしい、いきが、くるしい。
王様もお妃さまもその息子たちもお互いに殺しあって警戒し合っている。大臣も貴族たちも、国にかこつけていかに自分の地位を上げるかに熱意を注いでいる。王城は、みんな権力が大好きで、自分のことしか考えられない人ばかり。
ぼくが走って告げる情報を、活かすことのできる人はどれだけいるだろうか。
ぼくが走ることに、意味はあるのか。
ぼくが何かを成すことは、できるのだろうか。
ぼくはただ一人の伝令係。
ぼくが走っていることも知らないのんきで冷たい王国の、高くもなければ低くもない地位で、ただ情報を伝えるために走り回っている。
いきが、いきが、いきが、切れた。
ぼくは、足を止める。
汗と涙とよだれでべたべたになった顔をぬぐう。
あの子の顔が頭をよぎる。
だいじょうぶ、君にもできることはきっとあるよ。
優しい優しいあの子の言葉が頭によみがえる。
あの子はぼくの希望だった。
希望はなくなったと思っていた。
でも、ちゃんとあった。
こんなぼくにでも、できることはあった。
ぼくはすっきりした気持ちで、近くの宿屋へ向かい、ぐっすりと、穏やかに眠った。