afternoon―19
いつの間に町に入っていたのか。木々に囲まれた道を走っていたのに、窓の外は長閑な住宅地が広がっていた。
その中のひとつ、木造のログハウスのような建物の前で停まった。マーク一緒にしばらくそれを眺める。
「…え、ここ?」
間の抜けた声が出る。どう見ても一般住宅だ。
マークがナビを呼び出して確認する。フロントガラスにうっすらと地図が浮かび上がり、その中に赤い矢印が現れる。「…ここですね。パシフィカの端ですし」
赤い矢印、つまりこの車のすぐに近くには海があるらしい。その海の手前に目的地のピンが立っている。
マークがドアを開けて外に出た。慌ててわたしも出る。すると磯の香りが髪を撫でてきた。
「こんなところに会社?」振り返りつつ、声を投げる。「まぁ、DNNを更新して売るだけですから、対した設備も要らないのかもしれないけど」
ログハウスの前にいるマークが指差した。その先にはポストと一緒に小さな表札が出ている。
“World of Providence System”
「確かにここですね」
マークは玄関に向かってずんずんと進んだ。
「ちょっとちょっと!」わたしは小走りに車を回り込み、マークを追いかけた。
「インターホンは、ないですね」
「待ってってば」
「何ですか。直撃するんですよね、違いましたっけ」
投げやりになっているのか、マークはぞんざいに言う。
「何、怒ってるの?」
「怒ってませんよ。ただ本当なら今頃は、快適なオフィスで珈琲片手に優雅に仕事をしていたんだろうなって」
「優雅な仕事ってなによ」珈琲なら後で買ってあげるから、と宥める。
「そういうことじゃないんですけどね」
マークはそう言いながらノブに手を伸ばして回した。扉はぴくりとも動かない。
「鍵かかってますね、会社なのに」
「どっちかって言うと自宅じゃない?」
マークは扉をノックして、ごめんくださいと声を上げた。しかし、何の反応もない。近くの木々で囀ずる鳥の声が辺りを静かに沈めている。
「留守?」
「ですかね、じゃあ帰りますか」
マークがおもむろに、踵を返して車へと引き返し始めた。
「え、なんでよ」慌てて声をかける。振り返ってみると、彼はもう自動車の隣にまで辿り着いていた。
「だって、いないじゃないですか。電話も繋がない、訪問しても伝言すら受け付けられない。帰るしかないですよ」マークが自動車のドアを開けた。
わたしは玄関の方に向き直る。せっかくここまで来たのに…。名残惜しく、ドアノブにそっと触れる。すると、かちりと音がした、気がした。
恐る恐る回してみる。するとさっきまで堅牢だった扉が嘘のように動いた。
「マーク!」わたしは扉を引っ張りながら彼を呼んだ。「開いたけど」




