畏怖の存在
ウラヌスは駆けた。国一番の駿馬と言われても遜色がないほどに。
手綱を必死に掴み、振り落とされないようにするだけで精一杯の私は、屋敷についてからのことを考える余裕はなかった。
風が吹き、顔を上げると屋敷が見えた。
ウラヌスも屋敷が見えた途端に、速度を上げる。
そのまま屋敷の門をくぐり抜け、一度大きく嘶いた。
今にもまた駆け出してしまいそうなウラヌスから一度、降り、呼吸を整えた。
「貴女様は…」
見知らぬ声が聞こえ、顔を上げるとそこには驚いた顔をした男たちがいた。
両者にしばしの沈黙が流れる。
「く、黒の…」
「黒の子…」
「選ばれた子…」
「何をしているっ、お前たち!礼儀も忘れたか!!」
その中でいちばん、厳つい顔をした男が声をあげ、膝をおり、私に向かって頭を下げると慌ててそれに倣うように次々と皆が膝をおった。
「不躾に御姿をこの目に映してしまいましたこと、どのような罰も受け入れます」
私に向けられた言葉なのだろうが、ひれ伏すような対応に慣れておらずなんの反応もできずにいた。
「リーンハルト殿」
沈黙を破ったのは、兄だった。
少し疲れた顔をしていて、服装もいつもより堅苦しいものだ。
私が兄の名前を呼ぶより先に兄は私の存在を隠すようにその重たそうな外套を被せられる。
「ヴィンセント殿」
「申し訳ないけれど妹はまだ状況が分かっていないから、屋敷に戻してもいいかな」
「しかし屋敷内はまだ調査が…」
「私の部屋なら何も問題はないと思うけど、どうだろう。リーンハルト殿」
少ししてから、了承が聞こえた。
それと同時に、兄が私の肩を抱いて動こうとしたので必死にその腕にしがみついた。
「待ってください、お兄様、何が起きたんですか?昨夜のあれは…」
「部屋に戻ろう」
私の言葉を遮り、強制的に移動させられる。
「いや、待ってくださいっ」
兄の視線が咎めるように私を見た後、チラリと視線を外し、私もそれを追うように視線を逸らした。
そこには、先ほどよりも身を縮こまらせ、畏れ多い、という風に頭を必死に下げていた。
驚きに目を見張っていると兄が溜息をつく。
「神に選ばれた子の姿を見るのも声を聞くのも認められた人のみだと教わらなかった?」
「あ…」
習ったような気もするがすっかり頭から抜け落ちていた。
「分かったなら屋敷に戻ろう。ここにいると彼らは何もできない」
それでも動かない私を兄は横抱きにし、そのまま屋敷に向かう。
神に選ばれた子、という言葉が重くのしかかり、憂鬱にさせた。




