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レディ・アシュリーは踊らない  作者: 癒華
幼少期篇
46/52

悪夢へ一歩

短いです。


叩きつけるような雨が窓をうち、雷のけたたましい音に起こされた最悪な朝だった。

父が帰ってくる。

目覚めていちばんに思い出されたのはそれだった。まだ、はっきりとしていない頭は徐々に覚醒していき、父の帰りを知ったのであろう使用人たちが焦った顔をしていた。


いつもより動きにくいドレスと薄い化粧を施され、部屋から出るといつもはゆったりとした雰囲気の屋敷内が忙しくなっていた。


「お兄様、おはようございます」


「ああ、エルナ、おはよう。今日は私のそばから離れないで、いいね?」


守られなければいけない状態になってしまうのだろうか。優しい兄がこんなにも敵視していることを思い、私の中の父は本に出てくる角の生えた悪魔になってしまった。


「ヴィンセント」


後ろから凛とした声がした。

振り返ると緊張の面持ちの母とエリシアがいた。


「どうかしましたか、母上」


「もうすぐ、ご当主様が到着されます。出迎えるため、玄関に行きなさい」


チラ、と私に視線を残した母の目が暗くなったのを私は見逃さなかった。


「貴女もです。粗相のないようになさい」


「はい」


兄に背を押され、玄関へ向かった。途中、怖くなり兄の服を握ると兄は安心させるように手を握ってくれた。



それから、数分後、馬の蹄の音と共に父はやって来た。

想像していたツノは生えていなかったが、放たれる雰囲気が恐ろしいものだった。目は冷たく凍り、一歩歩くたびに空気が震えた。

皆、頭を下げ、父の言葉を待った。


「帰った」


地を這うような低い声は私の背筋を凍りつかせるには充分だった。


「おかえりなさいませ」


母が緊張しながらも、顔を上げ、それに習うかのように兄も顔を上げた。

私も恐る恐るだが、顔を上げ父を真っ直ぐに見た。視線に気づいた父がこちらを見たのは数秒。だが、私にとっては長い時間に感じられた。



********


父はその見た目と変わらず、恐ろしい人のようだった。

何も語りはしないがその存在だけで威圧感を醸し出し、目が少し合っただけでも胃が縮むようだった。

兄は父の前ではいつもと変わらず柔らかく微笑んでおり、今朝までの敵視などおくびにも出さず流石だなと感心してしまった。

厳かな雰囲気で一日を終え、兄に急かされるまま自室に帰ると深い深い溜息が出た。

父の接待で慌ただしい使用人たちには私の世話をする余裕はなく、重いドレスと装飾を自分で外し、慣れない手つきで寝る支度を済ませる。

そのまま滑り込むようにベットに潜り、すぐに意識を手放した。



次で話が一気に進む…と思います。

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