父
荒々しく開かれたドアの前にはアインとツヴァイがいた。
2人とも焦った顔をして、兄の前に跪いた。
「ご報告申し上げます、主。ご当主様が急遽こちらへ向かっているとの知らせが入りました」
「父上が…?」
急に部屋に緊張感が漂う。
ピリリとした空気が肌に痛い。
思わず兄の服をぎゅっと握ると安心させるようにその手を重ねられた。
「何故、急に?それにこのタイミング…」
「ご当主様もナンシーに関わっていたとしか考えられませんね」
「だが、あれが出ていったのはたかが数分前だ」
「あの紫の小花の根元がご当主様だったのでは?」
「それはないっしょ!だってあの花は主が根っこからぶち抜いてたし、まさか部屋に花を埋める場所もないし!」
ツヴァイのその言葉で皆が一斉に黙る。
「……体内にあったのでは?」
「体内?」
「はい。手練れの間者は花の種を飲んで腹の中で咲かせるという話を聞いたことがあります。人の体は植物を育てる条件は満たしていますから、不可能な話ではないかと」
「その話が本当なら父上の元に全て丸聞こえだったって訳か」
苦々しく笑った兄は額に手を当てて大きく溜息をついた。
「どういたしますか、主」
「…まだ父上の真偽は確かじゃない。こちらに来てから様子を伺おう」
「「御意」」
アインとツヴァイが出て行って、再び部屋には2人だけになった。
「ごめん、アシュリー、騒がしくて」
「いいえ、お兄様…その、お父様って…」
「うん、アシュリーははじめて会うね」
私が、父について知っていることは限りなく少ない。スペンサー家の現当主であり、名前はスペンサー=セルジオ。普段は、国境を守るためにこの屋敷から離れた城砦にいる。そして、私の父。それだけだった。
どんな人だろうか、という期待も、もちろん持っていたが母や姉に似ていて悲しむのは嫌だと思いあまり期待はしないことにしていた。
きっと先ほどの兄や従者たちの様子からして恐ろしい人なのだろう。
娘である私を他国に渡してしまうような。
「私を捨てたかったのでしょうか…」
恐る恐る尋ねてみると、兄の表情が少し固まった。
ああ、やっぱり聞かなければよかった、と思った時には遅く兄は苦々しい表情で父について語り始めた。
「どうだろう…アシュリーを怖がらせたくはないけれど父上は冷酷な方だよ。私たち家族のことなんて少しも思っていないだろうね。だが、仕事は一流だ。今まで幾度となくこの国の危機を救ってきているから王族からの信頼も厚い」
家族のことなんて少しも思っていないというのは納得できる。
私がここに来てからから一度もこの屋敷に顔を出したことなんてなかったから、今までだって兄達は殆ど放って置かれた状態でいたのだろう。
「もし…お父様の指示でナンシーが動いていたのだとしたら、私は…」
この屋敷へ近づいてきている父は私を他国へと飛ばしてしまうのだろうか。
嫌な未来を想像して自然と俯いた顔を兄が両手で包み、無理やりに目を合わせてきた。
「いいかい?アシュリー、余計なことは考えずに私のそばにいるんだ。アシュリーをパラディンになんて行かせやしないよ」
「はい。お兄様」
暖かな兄の体温が心地よくてそっと目を伏せる。
こつり、と合わせられたおでこ。
アシュリーがこの世でいちばん安心できる場所は兄の側しか知らなかった。
それから数日後にやってきた嵐と共に父はやってきた。
一瞬光った雷と共に見えた父の恐ろしい顔は永遠に忘れることはできないだろう。




