冷たさを呑んで
会話多め
「お兄様…」
つかつかと音を立ててこちらへ近寄ってくる兄の纏う雰囲気は震えるくらいに冷たかった。
怖くなって思わず声をかけると兄は私と目が合うと安心させるように柔らかく微笑んでくれた。
だが、すぐにナンシーに冷たい目を向ける。
「アイン、アシュリーを連れて行って」
「御意」
「いや、待って、おねがいです、」
アインが兄の言葉に従って私の腕を掴む。
また私だけ蚊帳の外だなんて嫌。
「お願いです、お兄様、私もここに居たい、ナンシーは私の、私の侍女ですもの…」
兄の青い瞳と視線が絡まる。
「いいよ、おいでアシュリー」
差し伸べられた兄の手を握ると同時に腰を引き寄せられて兄の胸へと抱き込まれた。
いきなりのことで驚いて兄を見上げるとそこには怒気を含んだ、でも口元を妖しげに釣り上げている兄がいた。
「それで、ナンシー。この状況でその口からどんな言葉が紡ぎ出されるのか楽しみだよ。君とは前々からちゃんと話しがしたいと思っていたんだ」
事の成り行きを思い出し、ハッとしてナンシーを見やる。
「ふふ、嫌ですわ、常日頃から私を貴方様のお気に入りの従者たちに見張らせてらっしゃった方がそんな事を仰るだなんて」
くすくすと笑うナンシーにつられて、栗色の長い髪が揺れる。
「私、本当に困っていたのですよ?こうも見張られていては何もできない。旦那様のご命令一つもまともにこなせない、だなんて」
「君もなかなかだよね。こうも尻尾を掴むのに時間がかかるとは。あの花…裏庭の紫の小花を埋めたのは君だろう?」
まさか、と思った。
常にナンシーと共にいたのだから会話をわざわざ盗み聞きするような真似は必要ないはずだ。
「正確に言えば、君が命令してマーガレットに埋めさせた、だけど。そして、アシュリーの会話内容をアトリウス卿に伝えていた。この間の長期休暇は楽しかった?監視の下で堂々とアトリウス家に行ったと聞いたときは何の冗談かと思ったよ」
マーガレットにアトリウス卿に監視。一片には処理できない会話が繰り広げられているが、それをいちいち質問するほど私も馬鹿ではなかった。
「それにあの忌々しい毒師たちの情報をそれとなく母に伝えて呼んだのも君だ」
唐突にあのことを切り出され、身体が自然と固くなった。
そんな私に気づいてか、私を抱きしめる腕に力がこもる。
「わざわざ、思い出させるような真似もして…」
ちらりと兄の視線が私の手の中にあるネックレスに向けられる。
「あら。そこまで分かっていらっしゃったのに、今まで私を放っておいた理由は何ですの?アトリウス家に行ったのもあんまり構ってもらえないものだからでしたのよ?」
「…君の真意が分からなかった。アシュリーをどうしたいのか、アトリウス家の単なる狗というわけでもないみたいだったからね。少し泳がせていたんだ。大分時間がかかってしまったけれどね」
「それで、分かったのですか?私の真意が」
くすり、とナンシーが笑いながら自身の長い髪をくるくると遊ばせる。
見た事のないナンシーの幼子のような動作にたじろいでしまう。
「ああ。ついさっき、ツヴァイが神族の国から帰ってきてね。色々と興味深いことが聞けたよ」
神族の国、という言葉を聞いてナンシーの顔から表情というものが消えた。
「まさかパラディン国が神族の子ども相手に人身売買してるとは思わなかったけれど、そのおかげで真相が聞けたよ。君が言う神の思し召しについてね」
兄は至極楽しそうにそう言った。
「まさかドーラ教でも12年前のあの日に黒の子の予言がされていた、だなんてね」
長くなりそうなので切りました




