壊れた玩具
お久しぶりです。
昨日は夜遅くまで勉強をしていたため、朝の目覚めが悪かった。
寝ぼけ眼を擦り、ナンシーに促されながら鏡台の前に座る。
「あら…?」
「ナンシー?どうかしたの?」
戸惑う声に振り向くと、ナンシーが困り顔でこちらを見つめていた。
「ブラシがないのです。置いてあったはずなんですが…」
そう言われて鏡台の上を見るが、いつもそこにあるブラシがない。
「私、待ってられるわよ?」
「申し訳ありません、アシュリー様、すぐに戻って参ります」
ぱたぱたと音をたててナンシーが部屋を出て行った。
どこにいっちゃったのかな、と鏡台の前に座る。そこで、右の引き出しが微かに開いているのに気付く。
なんとなく気になり、引き出しを開ける。
中にはキラリと光る深い青のネックレス。
どきりと胸が跳ねた。
私はこのネックレスを知っていた。兄の髪と同じ色をしたネックレス。兄に貰った?いつ?どこで?どうして?
私の手の中で光ってたネックレス。
恐怖を少しでも和らげようと握りしめていたネックレス。
何からの恐怖だった?
頭がガンガンと痛い。まるで考えるのをやめさせるように。
痛みを鎮めようと深呼吸をする。
その時、気味の悪い笑い声が聞こえた気がした。
それを機に、その笑い声の主の顔が鮮明に思い出される。
色の悪い肌に左右のバランスが取れていない目玉。私の苦しんでいる姿を笑いながらノートに書き込む不気味な男。ガイル。
その名が出てきた途端、身体が震えだす。
忘れていた、何もかも。毒慣らしのことを今の今まで忘れていた。
恐ろしい記憶。おぞましい日々。
次々と溢れ出す記憶に押し潰されそうになる。
あの後、ガイルはどうなったの?ディーンは?
そうだ、思い出した。私が殺した。違う。私じゃない、私は何もしていない。悪いのはあいつらだ。殺されてもいい奴らだった。死んで当然。殺されて当然。死んだガイルたちはどうなったの?そう、お兄様、お兄様がいた。お兄様が私の記憶を封じ込めたの?
言葉が頭を埋め尽くし、吐き気に襲われる。
その時、部屋の扉が開かれた。
「ナン、シー?」
そこにはうっとりと笑うナンシーがいた。
どうしてそんな顔をしているのか、戸惑う私を見てナンシーは口を開いた。
「嗚呼、アシュリー様、思い出されたのですね?あの毒慣らしの日々を!よかった、私、ヴィンセント様がアシュリー様の記憶を封じてしまったと聞いた時、とっても落胆いたしましたわ。それは、まあ、アシュリー様にとっては苦しい思い出もございましたでしょうけれど…嗚呼、今思い出しても、心苦しいですわ。あのアシュリー様のおいたわしいお姿…しかし!アシュリー様の真の力が発揮なされたと聞いた時は私、歓喜いたしました!」
突然、壊れたように話しだすナンシーを呆然と見つめる。
「ガイルとディーンをお殺しになったのでしょう?」
「ち、違うわ、私は…」
「あら、否定なさる必要はございませんわ!これは素晴らしいことなのですから!」
「素晴らしいこと…?」
私の問いかけにナンシーは無邪気な少女の様に笑いながら頷いた。
「全ては神の思し召しですわ」




