忠誠の名
兄以外にもようやくです。
母が一人、私付きの使用人というものを与えてくれたらしい。だが、前の暮らしでは皆が私付きの使用人という感じであったから今更特別感はない。
朝食後、応接間に行くと一人の女性がいた。笑顔が似合う女性だった。
「はじめてお会いします。私、本日よりアシュリー様付になります。ナンシーと申します。」
初めて会って笑顔を見せてくれる人は兄と合わせてこれで2人目だ。これからこの人が私の側にいてくれるのだと考えると心が晴れやかな気持ちになった。
「よろしくお願いします」
緊張して上手く笑顔をつくれなかったが、彼女はそんな私を微笑みながら見つめていた。
ナンシーは私と共に部屋に戻ったが、ちらちらとナンシーを伺う私に気付いたのか優しく笑いかけてくれた。
「いかがされましたか?アシュリー様」
名前を呼んでくれた。それだけで、心がほわほわと浮ついてしまう。
「なんでも、ないわ」
精一杯、返した返事がそれだった。なんとつまらない返事だろう。自分のユーモアのなさには呆れてしまう。
「アシュリー様が、もしお嫌でなければ少しお話をいたしませんか?」
ナンシーが提案したものは、勇気の出ない私を見かねたものだったに違いない。
それでも、とても嬉しくて何度も何度も頷き返した。
色んなナンシーの質問に最初は戸惑ったが、私を知ろうとしてくれることに嬉しくなり一生懸命、言葉を選んで答えた。
私の聞き取りづらい言葉、ひとつひとつにナンシーは頷き、嬉しそうに笑った。
ナンシーの笑顔を見たくて次第に饒舌になっている自分に気づいたとき思わず、俯いてしまった。
「あ、ごめんなさい…私ばかり」
「謝らないでください、アシュリー様、私が聞いたのですから」
「…私、ナンシーの話も聞きたいわ」
「私の?」
「そう、ナンシーの」
「私の話など、アシュリー様にお聞かせできるようなものはございません」
「私が聞きたいの、だめ…?」
余計なことだったかと心配になりながらも、ナンシーを見上げると困ったように笑われた。
「つまらなければ、止めて下さいね」
そう言って始まったナンシーの話はとても面白いものだった。
ナンシーは織物屋を営む商人の長女で、4人兄弟がいるそうだ。だが、下は全て弟で手のかかるのだと笑いながら話した。
「私の兄妹はどちらも上だから、下にいるだなんて羨ましいわ、ナンシー」
「私からすれば、兄か姉が欲しかったです。ふふ、私たちまるで反対ですね」
ナンシーの弟たちは、今はもう落ち着きを持ち始めてきており、それが嬉しいようでどこか寂しいらしい。
「ナンシーは、お姉さまみたいだわ」
「アシュリー様の?」
口をついて出た言葉に思わず口を手で覆う。
「ああ、違います、嬉しいんです。アシュリー様が妹…私、兄か姉も欲しかったんですけど妹もとっても欲しかったんです」
そう言って笑うナンシーは今日の中でいちばんきれいに笑っていた気がする。
その後、ずっと話し込みたくさんのことを知れた。
これから、こんな素敵な人がそばに毎日いてくれるだなんて、考えるだけでも胸が踊る。
明日はどんな話をしようか。これから数日間の私の頭の中はナンシーのことでいっぱいになりそうだった。