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レディ・アシュリーは踊らない  作者: 癒華
幼少期篇
37/52

優しいひと

話が進まない…

姉は結婚式の前日、王都に向かうため家を出るようだった。

それに加えて母と何人かの侍女たちも式に出席するため屋敷は慌ただしく、邪魔にならないようにと本を持ち庭に出てきた。

確か、午後にはエドモンド様が姉を迎えにくるはずだ。


ほどよい風と穏やかに差す日が心地いい。

大きな木の陰に腰掛け懐中時計を見る。

午後になる前には切り上げて部屋でじっとしていなければいけないな、と思いながら本をぺらりとめくった。




もうそろそろ部屋に戻らなくては、と気付いた時には、本は読み終わっていた。

慌てて懐中時計を見るともう午後になっており、はっとして耳をすますともう姉の迎えが来ているようだった。


まずい。非常にまずい。


とにかく見つかってはいけないと思い、裏庭へ行こうと立ち上がる。

あそこは紫の小花など良くない思いがあるが何も喋らず、じっとしていれば問題はないだろう。

本を持ちそっと辺りを見回すと、翡翠の瞳と目があった。


何故ここに彼が…


思考が停止して数秒。

事の重大さに気付いて木の陰に光の速さで隠れた。

ばくばくと心臓がうるさい。


この木のすぐ側には姉の婚約者様が、いる。

いつかみたいに見て見ぬ振りをしてくれと心のうちに祈るが、ぱきりと枝の折れた音はこちらに近づいたためのようだった。


どうすればいいの?どんな顔をしたらいいの?何を話せばいいの?お姉さまにバレてしまったら、お母様にバレてしまったら!


恐る恐る近づいたその気配はついに反対側の木の陰まで来ているようだった。

勝手に身体が震えている。


怖いのだろうか。彼が?

一体、自分は何に怯えているのだろう。


びくびくと震えていると躊躇いがちに声がかけられた。


「やあ。ここに、座ってもいいかな?」


座って何をするつもりなのだろう。


彼は無言を肯定だと受け取ったのか、その場に腰を落ち着けた。


「…君を見るのはこれで3回目かな?直接話すのは初めてだけれど」


話す、というよりはあちらが勝手に喋っているだけのような気がする。


「僕はパーシブル=エドモンド、知っていると思うけど君の姉の婚約者だ。君は黒の子だね。名前は…知らないけれど」


「君は有名人だけど名前を知っている者はこの屋敷の人間くらいじゃないかな。王太子の僕も知らないからね。」


王太子、という言葉に引っかかりを覚える。

彼が国王になることなんてありえないのに。


「名前、教えてくれないかな」


私の名前を知ろうとしてくれる人がいる。

だが、声は出せそうにもない。

彼の苦笑が零れ、申し訳なさでいっぱいになる。


「そのままでいいから聞いて。」

「一つ知恵を授けてあげる。君はそのままでいていい存在じゃない。もっと外をご覧、自分の中にある自分を仕舞い込んでいては君は永遠にこのままだ」


彼が何を伝えようとしているのか私には理解できなかった。

話したこともない相手にどうしてそんなことを言えるのか疑問が生じてならない。


考えていると遠くで彼を呼ぶ声がした。

それに合わせて彼も立ち上がる。


「じゃあまた。いつかはじめましてが言える日が来ることを願っているよ」


優しい声の彼がどんな表情をしているのか気になり後ろを振り返ってしまいたい衝動を必死に抑えた。


徐々に遠ざかっていく足音を聞き、ほとんど聞こえなくなったところでこっそりと木の陰から顔を出す。


もう随分小さくなった後ろ姿でも、その背中は大きく見えた。

そんな彼の後ろ姿を見送る私の頭は、さっきの彼に言われた言葉がぐるぐるとまわっていた。







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