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レディ・アシュリーは踊らない  作者: 癒華
幼少期篇
33/52

最悪の選択

スペンサー城塞に着いた時にはもう朝日が昇り始めていた。


兵たちはヴィンセントの姿を見つけ、安堵した様子で近寄って来た。


「ヴィンセント様、ご無事でっ!」


「一体、何があったのですか⁈」


「詳しいことは後で。それよりも急がなければいけないことがあるんだ」


緊張感のある雰囲気に気付いたのか兵たちは、頷くとすぐに城塞の門を開いた。


「どうぞ、ヴィンセント様」


「ああ」


神族の子供たちのことを話さねばならないという気持ちと父が話をまともに取り合ってくれるかという不安が混じり、気持ちが焦る。


だが、動揺がバレれば父はあの冷酷な目で見下してくること位、容易に理解ができる。


気を引き締め、父の待つ部屋に足を踏み入れた。


薄暗いその部屋に父はいた。

玉座のようにも見える椅子にゆったりと腰掛けている。その傍らにはコーマックが微笑を浮かべて佇んでいる。


「父上、ただいま帰還いたしました」


深く頭を垂れる。

ちらと父の様子を伺うが、凍ったような冷たい目がこちらを見つめるだけであった。


「報告したいことがあります」


沈黙を肯定と受け取り、事の次第を話し始めた。


「戦が終わった後、この城塞へ戻ろうとした所、私の馬がいきなり言うことを聞かず、そのまま魔境の森へ入ってしまいました。長く駆け、馬は一つの洞の前でやっと止まり、中を覗くと神族の子どもがたちが…5名居りました」


神族、と言うとコーマックが目を細めた。


「話を聞くと、どうやら神族の子どもを人身売買をしている者がいるようです。神族はこの世界の中で最も尊い存在。どうか、神族の子どもらを救う手立てを」


表情を一つも変えない父の目を睨むように見つめた。


「神族ですか…如何致しましょうセルジオ様」


コーマックに促されてやっと一つ、父は瞬きをした。


「神族を助けて何になる」


重い口から発されたのは予想外の答えだった。

父は神族を見捨てると言うのだろうか。


「ですが、神族を人身売買など許される行為ではありません。それにこのことを神族たちが知れば…」


「我らには何の非はない」


「見捨てると仰るのですか…?」


話は終わりだと父は席を立ち、横を通り過ぎて行く。


「お待ち下さい、父上!では、私に神族の国に行く許可を」


「神族の国に…だと?」


「神族たちにこのことを報告いたします。全て私一人が行います。」


父の探るような目が体を射抜く。


「何が目的だ」


「ただ神族の子どもたちの救出を」


「随分と人らしいことを言う。お前はそんなに慈悲深かったか」


無言を貫く。

背中に汗が伝うのを感じた。

だんまりを決め込む自分に飽きたのか父は目を細めた後にそのまま部屋を出て行った。


コーマック卿は父が出て行ったのを見送ると、おもむろに口を開いた。


失敗してしまった。

こうなったら、許可が下りずとも神族の国に行って子どもたちを救ったことへの恩として黒の王に関しての情報を聞き出すしかなかった。

時間はない。

こうしている間にも子どもが連れ去られているかもしれない。


コーマックに浅く礼をし、部屋を出て行こうとすると絡みつくような声が足を止めさせた。


「神族の件、困りましたね」


困ったと言う割にはその表情からは焦りや悲しみは感じ取れない。

一刻も早くこの場から立ち去りたいのに、コーマックはひとりでに話し出す。


「ヴィンセント様の御心の深さには感心いたします」


「そんなことはありませんよ」


そう言って部屋を出ようとしたが、コーマックは尚も声をかけてくる。


「許可なしに行かれるおつもりですか?ヴィンセント様」


これ以上は構っていられないと無視をするつもりだったがそれはコーマックの言葉により出来なくなってしまった。


「そういえば、神の新たな言葉の期限も過ぎましたしセルジオ様は貴方の妹君…黒の子をスペンサー家の家系図から消すつもりでいらっしゃるとか」


つまりは、勘当だった。

驚いて振り向きコーマックを見ると、わざとらしく顎に手を当てた。


「しかし、まだ日取りは決まっていないとか。もしかすると、ヴィンセント様が神族の国行っている間に家系図から外してしまわれるかもしれませんね」


脅されていることに気づき、頭に血がのぼる。そんな姿を見てコーマックは楽しそうに笑った。


さあ、どうする。と無言で問われている気がして余計に怒りが募る。


今、勘当されればアシュリーを庇う者もいなければ頼れるところもない。

だが、神族の子どもを見捨てれば黒の王のことは聞くことができない。

どっちにしろ、父の中でアシュリーの勘当が決まっているなら今かもう少し先のことになるかの違いだった。


悔しくなり噛んだ唇からは鉄の味がする。


たった一人の妹すら守れない無力な自分がそこにいた。





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