黒の女王
バーハティア王国の王都であるコスチェリカは人と物が行き交う非常に栄えた都市だった。
流行をつくり、最先端をゆくコスチェリカの華々しさは人々の憧れであった。
そんな王都の中央にある王城、アーノルド城では王とその重臣たちによって国の行く末を大きく左右する話し合いがされていた。
重苦しい空気の中、おもむろに口を開いたのは王であった。
「皆の考えを聞かせてくれ」
その一言に応じるように顔を上げ始める重臣たちの顔には畏怖や困惑、自信や慢心などそれぞれの思いが見て取れた。
「迷うことなどありません、我が親愛なる国王陛下。予言の期限は過ぎたのです。これは正当な引き継ぎでございます。どうぞ、エドモンド様を時期国王に」
恭しく礼をしたのは、アトリウス=エルヴィスであった。
それに賛成するように何人かの重臣たちは大げさに頷き同意の言葉を呟く。
それを見て当然だと満足げに笑うアトリウス卿は胸元に輝く王家の重臣の証であるバッジを一撫でした。
「いいえ、陛下。今は待つべきでございます。」
場の流れを顧みずに発言した大男はその眼光を炯々とさせ、皆に言い聞かせるように話し出した。
「確かにアトリウス卿が仰られた通り、巫女が予言した期限は過ぎております。ですがその後、巫女からの言葉は未だ我らには伝わっておりません。ここで我々の一存だけで時期国王を決めては神のお怒りに触れるかもしれません」
「では、ラグドール卿はこのまま待てと仰るのかな」
ラグドール=クラメスはその表情を一つも変えずに淡々と頷き返す。
「はっ、随分と悠長なことを仰るのですな」
アトリウス卿は馬鹿にしたようにラグドール卿を笑った。
「エルヴィス、余もよい歳だ。そろそろ息子に位を譲りたいのだ」
よい歳、と言う国王陛下の髪にはまだ数本の白髪が混じっているだけでその体もしゃんとしておりまだ隠居いるには早すぎるように見える。
それもそのはず、国王としてはパーシブル王家の血筋を絶やしたくないというのが本当のところであった。
ラグドール卿は目を閉じ、心の中で息をついた。
「皆様方のお考えはごもっともでありますが、一つ重要なことを忘れておいでです」
含みのある言い方をするラグドール卿にその場の者たちはざわめいたが、アトリウス卿は、もう結論は出たとばかりに余裕の笑みを浮かべている。
「…黒の王はいなくとも、女王はいらっしゃる」
這うような低音がその場のざわめきを鎮めた。
そのざわめきを破ったのはやはりアトリウス卿であった。
「だからなんだと言うのかな、ラグドール卿」
「予言には男が王座に着かなければならないということは明言されていなかった。それは、黒の女王が王位を継承しても問題はないととれますが?」
ラグドール卿のその発言にまたざわめきが起こる。
「何を言うか!ラグドール卿‼︎女が王位を継承するなどありえることではない!」
今までじっと黙っていた重臣たちが口々に非難の声をあげる。
その実、バーハティア王国の歴代の王の中に女はおらず、国の中では女が王位を継ぐのは国が乱れる所以だと信じられていた。
「それは、神の御子である黒の王妃に対する不敬ですぞ、ブラッシュ卿」
ラグドール卿の眼光に射抜かれ、ブラッシュ卿は怒りで顔を赤くしてその場に固まった。
「スペンサー家に居られる黒の王妃も既に12歳でございます。王位を継ぐにはあと5年もあればよろしいでしょう」
黒の王妃の存在を忘れ去ろうと塔に追いやることを決めたのもこの会議でのことであった。
その場の者はそのことを思い出し、どう育っているかも知れない黒の王妃を恐怖した。
「いいや!どう考えても女に国を任せることはできない!例え、神の御子だとしてもだ!皆、忘れたのか。少しの亀裂で国は滅ぶという予言を!」
アトリウス卿は最早、言葉を正すことも忘れ女王を否定した。
「では、黒の子はどうなる!12年もの間、王妃になると信じその教養を身につけてきているのだぞ!それを蔑ろにするというのか⁈女が王になれば、国が乱れるなどただの迷信に過ぎない。現に他国では女王が素晴らしく国を統治し、荒れ果てた地を豊かにしたという話も聞く」
ラグドール卿の追い立てるような言葉に誰も言い返すことは出来なかった。
それを見たラグドール卿は無言で国王に了承を求めると、国王は態とらしく溜息をつくと重い腰をあげた。
「では、その5年の間に国の乱れがなければ神の了承を得たとして、王女を認めよう。」
「国が乱れればラグドール卿、貴方の責任ですぞ!」
怒りに震えるアトリウス卿は顔を真っ赤にし、ラグドール卿を睨んだかと思うと大股で会議室を飛び出していった。
会議は重苦しい雰囲気で終わりを迎えた。
こんな簡単に物事は決まらないと思います




