加速する物語
やっと、って感じです
ウラヌスは一心不乱に駆けた。
まるで走ることしか出来ないのではないかという位に森の中を駆けて行く。
ヴィンセントはどうにかして、愛馬を止めようとするがあまりの速さに落馬しないよう手綱にしがみつくのに必死だ。
その間にもウラヌスはどんどん森の奥へと入っていき、周りは太陽の光すらも通らない暗闇になっていった。
どれ位、走っていたのだろうか。
ウラヌスはとうとうその脚を止めた。
突然の静寂にヴィンセントは弾かれたように顔を上げ、周りを見渡した。
辺りはすっかり暗くなっており、自分がどれ程長い時間、ウラヌスに乗っていたのかが知れた。
ここは魔境の森なのだろうか、それにしては木々が少ないような気もする。
そこでヴィンセントは、はっとした。
もしかすると、ここはパラディン王国の…?
だが、国境をこんなにも簡単に超えられるわけがないと考えを改めようとする。
しかし、疲労した頭ではそれ以上を考えることができず、息をつく。
一旦、愛馬から降り振り返る。
引き返すにはあまりにも危険だと判断したヴィンセントは手綱を引き、ゆっくりと歩き出した。
ウラヌスも今度は大人しくそれに従った。
適当に歩を進めていると、不自然に明るい洞のようなものを見つけた。
人がいるに違いない、とヴィンセントは慎重にその洞に近づいた。
中を覗こうとそぉっと動いたところで声があがった。
「いらっしゃい!待ってたよ!」
「早かったね!流石、神族の名馬だ!」
聞こえてきたのは高い子どもの声。
自分にかけられたものだとは到底思えず、ヴィンセントは体を硬くし、その場に留まっていると拗ねたような声が聞こえてくる。
「なんで出てこないのー?」
「かくれんぼのつもり?」
「わたし、かくれんぼは得意よ!」
いったい、この洞の中には何人いるのだろうという風に次から次に声があがる。
どうするべきかと迷っていると、ウラヌスはおもむろに動き出した。
手綱をきつく握っていたヴィンセントもつられるように洞の中に入ってしまう。
「あ!やっと出てきたね!」
「こんにちは!!」
「はじめまして!が先だよ!」
「じゃあ、はじめまして!」
「こっちにおいでよ!」
「そうだよ!おいでよ!」
そこにいる存在にヴィンセントはこれでもかという具合に目を見開いた。
「神族がなぜここに…」
ヴィンセントの神族という言葉に子どもたちはくすくすと笑った。
「びっくりしてるー!」
「びっくりしてるね!」
「おどろいてる!」
「おどろいてるねー!」
きゃっきゃと楽しそうに騒ぐ子ども、否、神族たちは5人。まだ他にもいるのだろうか。
神族とは生まれながらに銀色の髪を持ち、瞳には赤い花が刻まれているこの世界で最も神に近い存在である。
神族は、バーハティア王国のはるか遠く大陸を超えた聖域に集まって生きている。
争いを好まず、どの国にも干渉せず干渉させない。神族という未知な存在に手を出さないということは世界での共通のルールであった。
そんな尊い存在が何故こんな辺境の地にいるのか。
ヴィンセントの頭でも理解することは難しかった。
「どうしてここにいるのか教えてくれる?」
ヴィンセントは努めて優しく神族に聞いた。
すると神族は皆、こてんと首を傾げ顔を見合わせた。
「どうしてー?」
「しってるー?」
「しらない!」
「わたしわかる!」
小さな手をぴんと伸ばした女の子に視線が集まる。
「んーとね!ここにいたら道がふたつあるうちのどっちかがえらばれるの!」
道が2つ、とは何のことだろうか。
意味深な言葉にヴィンセントの眉間に皺が寄る。
「道、とはなんのことか分かる?」
その問いに今度は隣の男の子が元気よく答えた。
「うんめーって母様が言ってた!」
運命?
「ここには君たち以外にもいるの?」
「いないよ!」
「僕たちだけ!」
こんな小さな子たちだけでどうやって生きてきたのだろうか。
話をすればするほど疑問が増えていく。
「運命…か」
「そう!うんめー!」
男の子の声に続き、楽しそうにうんめー、うんめーと騒ぎ始めた。
分からないことだらけでヴィンセントはまた一つため息を漏らした。
「くろの王さまのうんめー!」
その言葉に今日いちばんの驚きを感じた。




