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レディ・アシュリーは踊らない  作者: 癒華
幼少期篇
22/52

ドーラ教

タイトルにもあるように、宗教に関しての表現があります。

「今のパラディン王国には以前ほどの力はありません。なぜだか、分かりますか?」


最近、隣国であるパラディン王国のことを学んでいる。将来、外交に際して今の勉強が無くてはならないものだと理解している。

だが、今までの授業の中で自国であるバーハティアの深い所までは教えられたことはない。私としては、この国の内情を知る方が優先順位としては高いのではないかとも思っている。

だが、そんなことは口に出せず問われた質問に答える。


「ドーラ教の穏健派と過激派の抗争が続いているからですか?」


「その通りです。近年、また紛争が激化しています。そのせいで、軍の者らが死んでいっているのです。今、我が国が攻めればひとたまりもないでしょう」


では、なぜ我が国は攻めるに至っていないのでしょうか?という質問がくるのが会話の流れというものだが、先生がそれ以上を問うてくることはなかった。

やはり、この国の内情はあまり教えてくれないようだ。


「ドーラ教については、先日お教えした通りです。覚えていらっしゃいますか?」


一応、確認は取られたがこの質問に対してノーと答えることは許されていない。

案の定、私の返事を待たずに先生は話を進めていく。


「本日は、ドーラ教典を読んでいただきます」


先生が取り出したのは二冊の分厚い本。ぱらりとめくってみると中はびっちりとパラディン文字で埋め尽くされていた。

はじめの方を試しに読んでみたが、古い言葉も使われており、パラディン文字を習得したはずの私でも首を傾げる所が多々あった。


「これらは全て、原本をそのまま模写しています。分からない語はこちらからお探し下さい」


そう言って渡されたのは、これまた分厚い辞書。かなりの年季ものだ。

この二冊を辞書を引きながら読んでいくにはかなりの時間を要するだろう。この先生は、教師陣の中でも結構なスパルタだ。


「ご存知の通り、ドーラ教典は二冊存在します。弟子である、ヤックルが書いたものと息子が書いたファラオが書いたものです」


そう、この二冊の教典のどちらが本物かによってパラディン王国では紛争が起きている。

ヤックルのものを信じる穏健派とファラオが書いたものを信じる過激派。

どちらも始祖であるドーラの教えを書き留めたもののはずだが、所々考え方に違いがあるのだ。


「私は本日より5週間ほど暇をいただいております。その間、これらを全て読み理解していただきたい」


「5週間…」


「そうです。5週間です」


ぴしゃりと言い切られてしまい何も言葉が出ない。

隣国の宗教を学ぶことにどれほどの価値があるのだろうか。

だが、私に拒否権なんてあるはずもなくただ頷くことしかできなかった。


「分かりました。5週間ですね」


そう言った私に先生は意味ありげな笑みを浮かべた。


「では、私はこれにて。5週間後楽しみにしております」


礼をして先生は、部屋を去っていった。

それと入れ替わるように、今度は兄が部屋に入ってきた。

突然のことに驚きながらも、兄とは気まずいことを思い出し戸惑う。

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、いつものように柔らかく笑う。


「クラウス先生に習っているんだね」


クラウス先生、というのかあの人は。ずっと習ってきて私はそんなことも知らなかった。

私や兄に名前があるように先生方や使用人にも名前があるということを初めて知るような感覚になる。

なによりも、今まで知らずにいて何の疑問に思わなかったことに驚きだ。


「アシュリー?」


返答がない私を不審がって兄が声をかけた。


「あ、はい、そうです」


「クラウス先生は厳しいからね」


「お兄様も先生に習っていたのですか?」


「そうだね。アシュリーがここにくる少し前まで」


「そうなんですか…」


「それは?」


兄の視線が私の机の上の本に向けられる。


「あ、これは、ドーラ教典と辞書です。先生に読むように言われて…」


分厚い本を兄が手に取り、中をめくる。


「期間は?」


「5週間です」


「5週間でこれを…」


はあ、と深い溜息をつく。まだ私もついていないというのに。


「変わってないようだねクラウス先生は」


苦笑を浮かべながら本を撫でる兄の目は遠くを見つめていた。


「あの、お兄様…」


「なんだい?」


どうしてここに?と聞きたいがなんだか、うまく話せない。

先の一件で嫌われてしまったのではないかという考えがあるからだ。


「そんな顔をしないで、アシュリー。大丈夫だよ、怒ってないし呆れてもいない」


つまり嫌われていないということだ。


「謝るべきなのは私の方だね。ごめんね、アシュリー、不安にさせて」


ぎゅっと抱きしめる兄の体温は変わらなかった。


「お兄様…」


「自分の不甲斐なさに腹が立ってね。つい、外に出してしまったんだ。アインやツヴァイにも宥められてしまったよ」


困ったように笑う兄の顔にはなるほどあの時のような疲れや苛立ちは見えない。

ということは、あの件の犯人は見つかったのだろうか。


「お兄様、何方の仕業か分かったのですか?」


私のその問いに兄はゆるゆると首を横に振った。


「いいや、まだ見つかっていない。ごめんね」


「いえ!お兄様が謝ることではありません!」


「でも、不安だろう?」


「でも、お兄様がいて下さいます」


にこりと微笑めば、兄はまた困ったように笑う。


「アシュリーは少し私を評価しすぎだな」


「そんなこと…」


「いいや、事実だよ。私はアシュリーが思うような人間じゃない」


私から見たら兄はどこからどう見ても完璧なのに。

きっと、これ以上を言っても兄意見を変えることはないだろうとこの話はやめることにした。


「食事、一人でとっているんだってね」


「はい。でも自分で望んだことですから」


「そう言わざるを得ない状況だったと聞いているよ?」


あの場には、母と姉と無表情な使用人しかいなかったというのに兄は誰から情報を得ているのだろうか。


「いいんです。本当に、私は大丈夫です」


むしろ、一人でとるほうが気が楽だ。


「じゃあ、今日からは二人で食べよう」


「二人…ですか?」


「そう。私とアシュリーの二人」


兄と二人で食事。なんて素敵なことだろう。これから毎日、食事が楽しみになってしまう。

静かに舞い上がる私を見て、兄が微笑む。


「じゃあ、決まりだね。楽しみにしているよ」


仕事があるからと兄が部屋を出て言っても私の心は夕食までずっと躍っていた。




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