誰が手の上で踊る
今日もこの時間がやってきた。
兄のいない家族での食事ほど私の精神を蝕むものはない。
何かを言われるわけではないが、兄がいない分私をみる目が邪魔者を見るそれと同じなのだ。
無言の中、カチャカチャと食器の音だけが響く。
兄がいないのは私が原因というのもあって、いつにも増して私を見る目が厳しいものの気がするのは、おそらく勘違いではない。
早く食べてこの場から去りたいが、固形物が喉を思うように通ってくれない。
吐きたくなるのを抑えて、じゃがいもを一口含む。
そんな時、姉がいきなり口を開いた。
「お兄様は今日もいらっしゃらないのね」
避難するような目が私を射止める。
「エリシア、ヴィンセントは大切なお仕事をしているのです」
母が口だけ姉を諌めようとする。
「誰かさんが来てからお兄様はお疲れが増えたように思えますわ」
なんとか言ったらどうなの?と挑発的な目が私を見る。その目から逃げたくてつい俯いてしまう。
「お母様、私、明日から食事は部屋でとりたいですわ」
「なぜです?エリシア?」
「だって、誰かさんと一緒に食事してたら美味しくないんですもの。せっかくのシェフの料理まで台無しですわ」
「そうかもしれませんね、では明日から…」
どうしようもなくなって、気付くと音を立てて立っていた。
二人の視線がこちらを見る。
「わ、私が、自室でとりますっ…」
ほとんど泣いている声だった。
「そうですか。では、明日から貴女の食事は部屋に運ぶようにさせます」
母の淡々とした声が響く。姉はこちらを見てほくそ笑み、また食事を始めた。
力尽きたように座る。目の前には、まだいくらか皿に残っていたが食べる気になんてならなかった。
「食べないのなら、部屋に戻りなさい」
私を見ずに告げるその言葉に従うように立ち、逃げるようにその場を去った。
自室に戻り、鍵を閉め大きなベッドで泣きじゃくる。
途中、控えめなノックが聞こえたが出る気になんてなれなかった。きっと、それはナンシーなのだろうがこんな姿見せられない。
私の存在意義とはなんなのだろう。実の姉と母にあんなことを言われ、優しい兄にもいつも迷惑ばかりかけている。
どうしてこんなに弱いの?私はなんでこうなの?どうしてあんな目で私を見るの?私と同じ黒の王様は何処にいるの、なにをしているの?
疑問が疑問をよび、具合が悪くなる。
頭が痛くなって吐き気もする。こんなこと前にもあった気がする。だが、思い出そうとすると更に頭が痛くなり、思い出すのをやめてしまう。
どうしようもなくなって、扉に手を伸ばす。
「あ〜あ、こんなになるまで泣いて、アシュリーちゃんは」
「ツヴァイ…さん?」
にっこりと笑い現れたのは、いつものツヴァイだった。
変わらないツヴァイを見て、更に涙がポロポロ溢れてくる。
「ツ、ヴァイさ、ん、わ、私」
「あー、よしよし大丈夫、大丈夫」
ぽんぽんと背中を撫でられる。今の私はツヴァイにとって幼子なのだろうか。きっと私の顔はぐしゃぐしゃなのにそっとツヴァイに抱きしめられる。それに甘えてしまい、更に涙が頬を伝う。どうやらツヴァイは泣き止ませる気はないらしい。
「ど、して、母様と姉様は、私に、あんなっ、兄様にも、私っ」
「主はアシュリーちゃんが大切なだけなんだよ。分かってあげて?」
「ちが、私、迷惑ばかり…っ」
「むしろ、アシュリーちゃんにかけられる迷惑は嬉しいんじゃないのかな。主は」
「うれ、しい…?」
「そーそ!意外にMなんだよ、主は。ま、アシュリーちゃん限定だけどね」
「え、む…?」
「マゾってことね。ま、アシュリーちゃんにはまだ早いかなあ〜、あ!俺が言ったって主には言わないでね⁈アシュリーちゃん」
バレたら俺、殺されちゃうと青い顔をして言うツヴァイが優しくて嬉しくてまた泣けてしまう。
私が泣いている間、ツヴァイはずっと背中を撫でていてくれた。
その手から伝わる体温が心地よくて優しくて気付くと私は泣き疲れツヴァイの胸の中で眠りについていた。
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「っふぅ〜、やっと眠ったか」
腕の中で痛々しい涙の跡を残しながら眠る少女の頬を撫でる。
きっと明日になれば腫れてしまうであろう瞼に魔力を当てる。自分の僅かな魔力では腫れを完全には防げないが、少しばかりは役には立つだろう。
抱きしめた時、その身体の小ささに驚いた。こんな小さな身体に抱えているものは俺なんかが想像するものより大きいのだろう。
生まれる前から、未来を決められ大人たちの勝手な都合と想像で世間から遠ざけられた女の子。
幼い時から、王妃になることだけを言われただ一心にそのことだけを考えさせられる環境に育った女の子。
この屋敷の人間、いや、この国の連中はみんなこの子を騙して生きている。主も然り。俺も然り。
真実を知った時、この子はあの予言通り国を滅ぼすのだろうか。姉と母にイビられてぼろぼろ泣くような子が。兄のことを思い泣くような子が。
その真実を隠し、鳥籠の中で育てようとする主に仕える自分も共犯だ。
だが、今はその鳥籠の中で何も知らずにいてほしいと願いながら黒い髪に口付けをおとした。




