100年の孤独
私が持ついちばん古い記憶は、静かで冷酷な目だった。自分という感覚すらふわふわしていたが、その目がとても高いところから私を見下ろしていたことだけは覚えていた。
その双眸の冷ややかさが今でも残っている。
そこからの私の記憶といえばとても単調なものだ。
私を囲むのは数え切れないほどの本と努めて無表情の使用人たちだった。毎日来る家庭教師も淡々と私に自分が教えるべき物事を教え、帰っていった。叱られることもないが、褒められたりすることもなかった。
ただ、ひとついつも私に無関心な使用人や家庭教師が口を揃えて言ったのは『貴女は将来、王の妃となる為に生まれてきた。貴女は神に選ばれたのだ。その証拠がその黒い髪と瞳だ。』ということだった。
この黒い髪と瞳は私しか持っていないものらしい。国の王のことや神のことは本や勉強の中にたくさん出てきたから、よく理解しているつもりだったが私が小さい頃に読んだ童話の中のお妃様やお姫様は本ではなくお菓子やドレスに囲まれていた様に思い、その疑問を口にしたらその童話は次の日、もう本棚にはなかったのを覚えている。
本は、生きた人間よりもおもしろい知識と知恵を私に授けてくれた。似たようなことしか教えない家庭教師たちとは違い、様々な事を学ばせてくれる。その中でも童話というのは私にとって当たり前ではない外の世界の当たり前を知るにはとても適していた。自分が将来は妃になると知れば、王子と姫の物語を読み返し、自分の王子さまはきっと絵本の中の様にハンサムで私の単調なこの生活に色を下さる方だ、と思いを馳せていた。そして、城での生活は毎日、綺麗なドレスや靴を着て、美味しい食事に囲まれて過ごすのだと考えると、とても心が躍り、今の生活はそのためのものなのだ、と更に勉強に精を出した。全ては将来のためなのだ。
そんな毎日を送っていた私が12になった頃、一人の使用人が『明日から貴女は家族の皆さまの元で生活することになった』と私に告げた。
家族、という言葉を聞き、思い出したのはやはり童話のことだった。家族とは暖かくて、優しいものであることを私はよく知っていた。自分の母親と父親はどんな人だろうか、自分に兄弟というものはいるのだろうか、色々な妄想が広がり、こんなにも明日が待ち遠しいと思ったことはなかった。私はまだ見ぬ自分の家族に思い描き、何かが変わりそうな予感を確かに感じながら朝を待っていた。
次の日。楽しみで一睡もしなかったのにも関わらず、元気があふれていた。いつもより少し早めに起こされ、いつもよりきっちりした淡いピンクのドレスとリボンがあしらわれた靴を身につけた。いつもより、高い景色。それだけで心が躍るようだった。
初めて降りる階段に、初めての土の上。なにもかもが初めてで胸がいっぱいなのに更に今日は家族に会えるのだ。今までの寂しさはきっと今日の為だったのだと思うとこれまでの寂しさはなんてことのない様に思えた。
初めての馬車は思っていたより揺れたが、それさえも私の胸を躍らせるには充分だった。
家族のいるお城はとても大きくて綺麗で、まるで絵本の中のお城が飛び出してきたようだった。
お城の中は明るくて色とりどりで多くの人がいた。物珍しさに、キョロキョロと周りを見渡せば使用人が咎めるような視線を送ったので慌てて開けられた扉をくぐった。
そこには、女の人と私よりもきっと歳は上であろう女の子と男の子が立っていた。
美しい女の人は、ブロンドの髪をきっちりと結い上げており、きりりとつり上がった目と視線が合うと胃がきゅっ、としてしまった。
「初めて会いますね。私は母のリディアム、右にいるのが貴女の姉のエリシア、その隣にいるのが兄のヴィンセントです。お父様は仕事が忙しく、今日は会えませんがいずれ会うことになるでしょう。」
兄と紹介された、男の子は深い青の髪で優しげな目元が素敵だ。私に笑顔で挨拶をしてくれたが、私は緊張で兄の挨拶にひたすら頷くことしかできない。
女の子はブロンドの長い髪がふわふわしている、顔はそっぽを向いていてあまり見せてはくれない。
「部屋はこの者が案内します。分からないことはこの者に聞きなさい」
母はそう言うと2人を連れて、早々に出て行ってしまった。思っていた家族とは少し違ったがこれからこのお城で過ごせるのだと考えると楽しみで仕方がなかった。
案内された部屋は今までの部屋の倍ほどあった。その広さとベットの大きさには驚いてしまう。今日を迎えてからドキドキが止まらない。
「何か御用があれば外の者にお申し付け下さい。夕食に時刻になりましたら、お呼びいたします。」
使用人が部屋を出ていったのを、見計らい大きなベットに思い切りジャンプしてみた。ベットは私の身を受け止め静かに沈んだ。大きな枕は私の頭の2つ分くらいはあるのではないだろうか。今度は枕に顔を埋めた。ふわふわとしていて、すぐに眠気が襲ってきた。
自分でも気づかない程に、疲れているようだった。本当はもっと部屋を見て回りたかったが、そんなことはこれからいつでも出来るのだと思い、少しだけ目を閉じることにした。