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レディ・アシュリーは踊らない  作者: 癒華
幼少期篇
18/52

忍び寄る足音

お兄様贔屓

ある日いつもようにのびのびと休憩を取るためにナンシーと庭に出た。

だが、そこで違和感を感じる。

急に止まった私にナンシーが声をかける。


「アシュリー様?いかがさないましたか?」


「ねえ、ナンシーこんな花咲いていたかしら?」


私が指差した淡い紫色の花を見てナンシーは、はてと首をかしげる。


「さあ、どうだったでしょう…小さい花ですものひっそり咲いていても気付きませんよ」


困り顔でそう答えるナンシー。きっと、突然の私の反応に困っているのだろう。


「そうかしら…昨日はなかったはずだわ」


おかしいわ、とその花に近付く。

間近で見てみるとその花の根元だけ土が不自然に積もっていた。まるで誰かが埋めたような…


「まあ!誰かが埋めたんでしょうか」


ナンシーも盛り土に気付き声をあげる。

でも一体誰が?と続く疑問は私と同じなようだ。

こんな裏庭のしかも奥まった所に来る人なんて限られてくる。誰が何のために花を?


「あまりお気になさるようなことでもありませんわ、アシュリー様」


紫の小花は私の疑問など知らないという風にさわさわと揺らいでいた。


その花は次の日もその次の日もそこにあり続けた。

裏庭に出る時は必ず目にするようになった花。それでも私の日常に馴染んでくれない花。

そんな日々を重ねその花に物珍しさよりも違和感を感じ始めたある日、兄が裏庭に突然現れた。


「お兄様っ⁈いかがなさったのですか?」


慌てて体を起こし、身だしなみを整え兄に尋ねる。


「庭を散歩していたらアシュリーの姿が見えてね」


そう言って兄は芝生に寝転がった。


「お兄様、服が汚れてしまいます…!」


「はは、いつもこうしているのはアシュリーの方じゃないのかな?」


服の汚れなど全く気にしないという風に兄は笑う。

…というか、いつも寝転がっていたのを見られていたのか。恥ずかしさで顔が赤くなっているのが分かる。

そんな私を見て兄がクスリと笑う。


「ここはアシュリーのお気に入りの場所なんだよね?」


「は、はい」


「これからは私も使うことを許してくれるかな?」


「許すだなんて…もちろんですわ、お兄様」


よかったと笑う兄はそのまま私の頬に手を伸ばす。

兄のしなやかで美しい指が私の顔の輪郭をなぞる。意図がわからなかったが、されるがまま委ねた。

すると、兄の手が私を掴み力強く引っ張った。

気付くと、私は兄の腕の中。

驚いて見上げるがいつもの笑みがあるだけだった。


「お兄様…?」


兄は私に対してとても優しいしことあるごとに甘やかしてくれる。だが、今は甘やかされてるというよりは甘えてきている、という表現の方がしっくりくる。

何かあったのだろうか。ナンシーもいるというのに。


「お兄様、何かありましたか?」


「何かなければ、こういうことはしてはいけない?」


どこか悲しんだ瞳でこちらを見るので慌てて首を横にふる。


「そう、よかった」


ぎゅっと抱きしめられ、兄の香りが広がる。


それからしばらく兄は離してくれなかったのでお兄様、と声をかけると名残惜しそうに離してくれた。

ふたりして起き上がり、身なりを整える。

振り返りナンシーを見るとにこにこと笑顔のまま立っている。いつもはおしゃべりなナンシーは兄の前だとあまり話さなくなる。


「ナンシー、ごめんなさい」


「いいえ、アシュリー様、御髪に草が…」


私の髪に手を伸ばしたナンシーよりも早く兄がさっと草をほろう。


「取れたよ」


「あ、ありがとうございます」


にこにこな兄とナンシー。

そういえば、このふたりが話しているのは見たことがない。

一介の使用人であるナンシーと次期当主である兄が言葉を交わすのは一般的ではないが、兄は使用人に声をかけている姿は見かけることが多いので少し疑問に思う。


「そろそろ戻ろうか。風が冷たくなってきたからね」


本当はもう少し此処でのびのびしていたかったが、大人しく頷き屋敷に戻ろうとした。


「あっ!」


「アシュリー?」


私の声に驚いた兄がこちらを振り返る。


私の足元にはあの紫の小花があった。危うく踏んでしまうところだった。

状況を把握した兄は紫の小花を見て顔を顰めた。


「その花は?」


「ある日突然、咲いていたのです」


兄は紫の小花に近づき、あろうことか花を千切った。


「お兄様っ?!」


私の声には応えず、花びらをいちまい千切り中をまじまじと見る。

突然、こちらを振り返った兄の顔は恐ろしいものだった。


「お兄様…?」


「この花はいつから咲いていた?」


「ええと、確か2週間ほど前だったはずです」


確認を、とナンシーを見るが微笑を浮かべるだけだった。


「ここで普段はどんな話をしているの?」


「ナンシーと他愛もない会話です、勉強のこととかお稽古のこととかです」


兄の詰め寄るような質問に気圧されながらも答える。

兄は溜息をついた後、すぐに自室に戻るよう言った。

断れる余地などなく、急かされるままに屋敷に戻り自室に籠もった。


「一体、なんなのかしら…」


ナンシーは淡々と私の汚れた服を着替えさせ、その間一言も話すことはしなかった。




あとから聞いたが、あの花は咲いている場所で話されている会話を埋めた人の所へ伝える魔法がかけられていたらしい。

あの場所には普段、私とナンシーしか行かない。

私たちを狙っていたのは明白だった。


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