いつか、はじめましてが言える日を
とっても短いです
部屋の中で一日を過ごす、というのは中々退屈なものであった。
しかし、慣れとは恐ろしいものだ。
塔の中にいた11年という歳月よりもここにきた1年程の兄たちとの出会いや知ってしまった人と触れ合う喜びがこの時間を不満にさせた。
以前ならひとりは当たり前であったのに今ではひとりになることに憂鬱を感じている。
ナンシーが話し相手をしてくれる時はいい。だがナンシーも仕事がある。ひとりになるとそれはそれは暇になる。
本も読み終わってしまったし、することがない。勉強の予習をしようとしても、教材は全部昨日、書庫に置いてきてしまったし…
今はただナンシーの洗濯が終わるのを待つだけだ。
ふと扉の方を見ると、タオルが落ちていた。きっとナンシーの洗濯物だったものだろう。別に急ぎではないものだったが、少しくらい出ても大丈夫だと迷いながらも部屋を出た。
私の部屋は、この屋敷の二階の奥まった所にあり、あまり人が通らない所にある。
そーっと扉を開く。案の定、何の気配も感じない。
おそるおそる部屋から出て、ナンシーの元へ向かう。足音を立てないように、周りに誰かいないかを確認しながら歩く。
この屋敷に来て自分について発見したことは多いが中でも自分は意外にも度胸があったということは、今でも驚いている。
そろそろと歩き、ナンシーのいる洗濯部屋に着く。
他のメイドに見つからないように、とそろりと中を覗くがメイドだけでなくナンシーもいない。
一体何処へ…?
諦めて引き返そうと思ったが話し声が聞こえて咄嗟にその部屋に入り身を隠す。
「こちらには私の部屋がありますの」
「きっと可愛らしいものが揃っているんだろうね」
声を聞いて心臓がドクリと反応する。その声は姉と…姉の婚約者だった。
話し声はどんどん近づいて来る。しかし、あまりに焦りすぎて扉を閉めるのを忘れていた。
ぎりぎり見えるか見えないか位の位置に立ち身を縮こませる。どうかバレませんようにと必死に祈りながら。
「もちろん、エドモンド様の贈り物も大切に飾ってありますわ」
「そう、それは嬉しい…な…」
今、バッチリ目が合ってしまった。
婚約者様は驚いてその翡翠の瞳を見開いている。私の顔は真っ青だろう。
「…?エドモンド様?どうかなさいましたか?」
急に婚約者様が固まったのを不審に思った姉がこちらを覗こうとしているようだ。
もうおわった。そう思った時、姉の小さな悲鳴が聞こえた。
「きゃっ、エドモンド様っ?」
「いや、なんでもないんだ。それよりも部屋を早く見たいな」
「え?ええ、分かりましたわ」
どうやら婚約者様は私を庇ってくれたらしい。
2人の足音が遠のき、安堵の溜息をつく。
それにしても、婚約者様が庇ってくれるだなんて…
どうしてだろうか。もしかすると、屋敷での私の立場を聞いているのかもしれない。
それを知って、私を庇ってくれたならお優しい人だ。いつかちゃんと会えたならしっかりお礼を伝えようと心に決めた。それに、あの婚約者様はいつも我儘ばかりの姉も婚約者様の前では、とても素直な乙女のようだ。
もうこれ以上、うろつくような度胸はないので大人しく部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると青筋を立てたナンシーが綺麗な笑顔で私を待ち構えていた時は、姉たちに見つかりそうになった時以上に恐ろしかった。
ナンシーのお叱りは長く、それを見兼ねたメイド長が私を夕食に呼びにくるまでそれは続いた。