つかの間の休息
ちょっと安らぎが必要だったのでちょいグロは次話になりました。。。
目覚めると隣に兄はおらず、手に残った温もりだけが私を安心させた。
昨日は、いつも以上に兄に甘えてしまった。兄が優しいのを知っていて我儘を言う私。とうとう嫌われてしまったのではないだろうか。不安が募るが今の私にはどうしようもない。
はあ、と溜息を吐いたとき待ち望んだ人が柔らかな笑みで私を見下ろしていた。
「お兄様…?」
なんだい?と視線を寄越す兄はいつもと変わらないようだ。
「ごめん、なさい…」
昨日の様子とは打って変わった私に訝しんだ兄はぎしりと音を立ててベットに腰掛けた。
「いきなりどうしたの、アシュリー。昨日はあんなに甘えてくれたのに」
意地悪く笑い、俯いた私の顔をあげさせ、翡翠の瞳と視線が絡まる。先に視線を逸らし唇をかむ。
「アシュリー言いたいことがあるなら言ってほしいな。」
兄から逃れるように顔を背けた。これじゃあまた兄に嫌われてしまう。けれど、どうしてこんなにも子どもじみたことをしてしまうのか自分にもよく分からなかった。
「いけない子だね、アシュリー。こんなに困らせて」
逃さない、というかのように兄の手に引き寄せられる。片手で腰をしっかりつかまれ、もう片方の手は私の頬の輪郭を撫でた。
「お兄、様、」
「うん?」
「お兄様はどうしてそんなに私によくして下さるの?」
兄は突然のその質問に驚いた様子もなく、形の良い唇を釣り上げた。
「その質問をそのままアシュリーに返すよ。どうしてアシュリーはこんなに慕ってくれるんだい?」
そんなの決まっている。兄は私に初めて優しくしてくれた人であり世界を広げてくれた人だ。兄がいなければきっと私は今、ここにいなかったかもしれない、と本気でそう思えるほどに。
「今、アシュリーが思ったのと同じだよ」
クスリ、と微笑む兄の目元は優しい。
「違います…、私はお兄様に何もしてあげられない、何もできないただの子どもなんです、我儘ばかりでっ、嫌われても仕方のない子なんです、」
自分でそんなことを言っておきながらも縋るように兄の胸に顔を埋めた。
「ふふ、そんなことで悩んでいたの?アシュリー」
「そんなことじゃ…!」
「アシュリーの我儘なんて可愛いものだよ。いつもは我儘なんて言わないしあまり頼ってくれないからね。嬉しい、だなんて感じている私を嫌うかな?」
「お兄様を嫌うだなんてありえません」
「私も同じだよ」
額にくれた口づけは私を緊張から解放した。
兄は私の扱いに慣れていると常々思う。だが、どこか掴み所のないこの兄の扱いなど私には一生かかっても無理なのではないだろうか、とぼんやり考えてしまう。
「アシュリー?どうかしたのかい?」
「い、いいえ、何でもありません」
「そう?それじゃあアシュリー、少し出てくるよ」
「い、いやです!側にいて下さい!」
先程まであんな言葉を言っていたのに、いきなりいなくなるだなんて態度変わりように驚いてしまう。
必死に兄の腕を掴み、涙目で懇願する。
「ごめんね、流石に5日も仕事を放り出すことはできないからね。片付き次第すぐに戻ってくるよ。約束する。」
でも、と渋る私に兄は苦笑をもらす。
「アシュリー、もう毒慣らしは終わったんだ。だから、食事に毒は入っていないしあの毒師が現れることもない。安心していいんだ。」
諭すように私に訴えかける。
毒慣らしは終わった。その言葉に安堵はしたが、刻まれたあの日々を思い出すと体が勝手に震える。
だが、これ以上兄を困らせるわけにはいかないと顔をあげ兄を見据える。
「分かりました、お兄様。いってらっしゃいませ。」
「うん、すぐ帰ってくるよ」
ちゅ、と音を立てて額に口づけを落とし兄は出て行ってしまった。
ひとりになるとやはり、不安を感じる。目を閉じるとあのガイルの不気味な笑みが思い出される。うち消すかのように頭を振り、ようやく自由に動かせるようになった手で水を注ぎ、一呼吸おいた後、こくりと飲んだ。
冷たい水は、体の隅々を生き返らせるようだった。
飲んで、数秒体の変化を待った。
…よし、何も起きない。ひとまず即効性のある毒ではないようだ。
そのことに安堵しつつ、もう一口と喉を潤す。
なんだか眠気を感じて、のろのろとベッドに潜る。
目覚めた頃には兄は帰ってきているだろうか。そんなことを期待しながら瞼を閉じた。
すうすう、と寝息を立て眠りについた私は当然、開いた扉とあの奇妙な笑い声に気づくはずなどなかった。