終戦
エクストラスキル : 魔闘術を手に入れました
暗転しかけた世界がクリアになる。
オークロードの拳が何かにぶつかったかのように軌道が逸れ、俺の頬を掠めて行く。
……助かった?
状況の整理がつかないが、とりあえずオークロードとの距離を取る。
ダイアログに表示された魔闘術というエクストラスキルを鑑定で調べる。
魔闘術 : 魔力を使用した近接戦闘術。武道と魔導を極めし者が扱いしスキル。レアスキル。
習得条件 : レベル50以上+無手格闘術レベル3以上+身体強化レベル5以上+魔力操作レベル3以上+???
……頭がおかしくなったのか?
目を疑いたくなるような内容。だが、これが手に入ったということは、オークロードを倒せる可能性が出てきたということだ。
攻撃を仕掛けてくるオークロード。動きがしっかりと見えるようになり、フェイントにも対応できる。
身体強化よりも魔力の消費が少なく、滑らかに動かせる。
形勢は逆転した。と言いたいところだが、互いに力を扱いきれていないため、一進一退の攻防が続く。
先程までと違い、魔力さえ込めれば、力でもある程度対抗できるようになったことや、ダメージをかなり軽減することができるようになった分、こちらから攻めるということがし易くなったのは、かなり大きな前進だ。
押されては押し返し、互いに引かないまま戦闘は続く。
どれくらい経っただろうか。突然、そんな戦いに終わりを告げるものが近づいてくる。
戦うためのエネルギーが、体力が、気力が、集中力が尽き始める。
HPやMPからは判断できない人の内部的な部分が限界を告げる。
息が途端に切れ始め、思考が重くなり、体を動かそうとすると抵抗が生じる。握っている拳が微かに震え、体に力が込められているのか分からなくなってくる。
必死にオークロードの攻撃を凌ぎながら自分を奮い立たせるが、耐えることが精一杯だ。
このままでは押し切られる。
耐え続けることも容易ではない、着実にダメージは食らう。それに、タイムリミットが近づいているというのに耐えていては、時間切れで殺されるだけだ。
せっかく、戦闘を通して成長し、オークロードを倒せる可能性まで見つけたというのに終わってしまうのか……。
この世界に来てやれたことはあっただろうか。折角、異世界に来て、今までの自分を一新する機会を得て、そこそこ良いステータスを持ったというのに、何も出来なかった。
結局、俺は何も変えられない人間なのだろうか。
それでも、最後くらいは足掻いて、死に物狂いで、一筋の希望にしがみついてでも、諦めたくない!
「あああアァァァァァ!!」
防御なんて知らない。
どうせ、何もしなければ死ぬのだ。痛みなど、怪我など、死など怖れるな。
ただ前に進め。
「っあ!知るかぁ!届けええぇぇ!」
オークロードの拳を躱しもせずに受けながら、それでも一歩踏み込む。
オークロードの顔が恐怖で歪む。
残っている全ての力を乗せた拳がオークロードの胸へと突き刺さる。
……ああ、やり切った。これで終わりだ。
衝撃が体を襲い、俺の意識はそこで途切れた。
真っ暗な闇に光が差し込む。
光が溢れ目が開けていられなくなる。
真っ暗だった世界が白く塗り替えられていく。目を閉じているのに、何故か理解ができる。
「……く……き………い…………さ…」
声が聞こえる。
声につられて目を閉じたまま前に進む。
引き込まれるような感覚。
ープツンーと世界が、思考が切り替わる。
「……あ、夢か」
体に伝わる感覚。先程までのあやふやな感覚ではなく、確かな重たさ。体が思ったように動かない。
どうなっているんだ。
見たことのない部屋。鼻につく臭いは消毒の臭いだろうか。
ここは何処だろうか。
生き残ったのか。それとも死んで新しい世界に来たのだろうか。
……体が動かない。
なんとか動かせる頭を少し動かして状況を把握しようと頑張る。
ベッドの上で寝ているのか。窓の外に見える景色、その中に映る建物の質からして、俺は生き延びたのではないだろうか。
ギィと音を立てて扉が開く。
ゆっくりと開く扉の隙間から現れる人物。見覚えのある水色のスカート。姿が完全に見えた瞬間、その人物が想像していた人物通りであることが分かった。
カランと音を立てて箒が床に落ちる。一瞬の硬直の後、涙が頬を伝いつつもソフィアが駆け寄ってくる。
「ケーマ様!良かった!目が覚めたんですね」
直前でハッと気付いたようにソフィアが止まり、言葉で喜びを表してくれる。
「ここは?」
「迷宮都市のギルドの医務室です」
これが医務室なのか。文明の差が凄く感じられる。部屋の中にあるのは水を入れておく洗面具のような物、数種類の薬草、メス代わりなのか細身のナイフが数本とはっきり言って、治療できるのか怪しいくらいだ。
回復魔法なんてものがある世界で、医療の発展を期待する方が馬鹿らしいか。
「本当に良かったです。もう二週間も目を覚まさなかったので、教会の方も後は本人の気力次第だと言って帰られた時はどうなることかと思いました」
ポロポロと涙を零しながら、そっと俺の手を包む。
「ケーマ様」
「どうした?」
改まって見つめられると、動揺して目を逸らしてしまいそうになる。だが、ここは逸らさずにしっかりと見つめ返してやる。
「もう、あんな無茶はしないでください。せめて、無茶をするなら私を共に連れて行ってください」
返す言葉が出てこない。
ここで断れるだけの勇気があるはずがない。しかし、俺はソフィアには生きて欲しいのだ。俺のために命を散らすなんて勿体無い。
「私も強くなります。絶対に死なないパーティーを作りましょう。そうすれば、ケーマ様の傍にい続けれます」
パーティーか。そうだな、もっと人も増やして強いパーティーを作れば、今回みたいなギリギリの戦いは少なくできる。
「一緒に頑張ろうか」
「はい!ケーマ様に一生仕えさせていただきます」
一生だなんて勿体無い。ソフィアが望むのならば奴隷からの解放もいつだってしてやるのに。
今はまだソフィアにいて欲しいから、こちらから奴隷からの解放を打診することはないが、もう少し仲間も増えて安定すれば解放してやろう。
「自分のしたいことを見つけるまででいいよ」
「はい。だから一生仕えさせていただきます。私はケーマ様の傍にいたいのです」
はっきりと視線を逸らさずに言い切るソフィアに少し苦笑いしてしまう。
俺なんかのどこが良いのだろうか。気がつけば、最初の頃にあったソフィアとの壁も無くなっているように思う。
最初は何だかんだ言って、互いに壁はあったが、今では仲間として自然に思えるようになった。
仲間か。
やっぱり大切だな。数もだが、大切な一人の仲間も。
「傍にいたいと言うのならば居ればいい。俺もソフィアがいてくれるのならば嬉しいからな」
嬉しそうに、少し恥ずかしそうに笑うソフィアの姿はとても可愛く、自然に見えた。