武器
「その短剣……お前、目利きもできるようだな。気に入ったから今日は少しサービスしてやろう」
ソフィアが手に持つ短剣を見て、ふふんと上機嫌で店主は胸を張る。交渉するまでもなく値引いてくれるみたいなので、ここは有難く乗らせてもらおう。なんせ安かったとはいえ、ソフィアを買ったから金はそれほど残っていない。宿屋に引きこもってノーマルスライムを潰し続ければ金は手に入れられるが、次はスタインがいないから高値で買ってくれる奴はいないだろうから、効率がかなり落ちてしまうだろう。必要な金は惜しまないが、安く済むのであれば安く済む方がいい。
この短剣はこの店主の作った品物なんだろうな。自分の作った短剣を良く言われて嬉しかったとかそんなところだろうか。そんなのだから、こんなこじんまりとしたしがない店どまりなんだろう。作る品物は良いなのに。
そういうところが商人ではなく、職人だということか。
「じゃあ、この短剣と剣士用の薄手のローブ一つと、この子用に魔導士のローブ一つ買わせてもらおう」
「少し待ってろ。ローブはこの二つでいいか?」
がさがさとカウンターの下から取り出したローブはこれもまたなかなかの出来だ。鑑定で見ても表示されている価格は余裕で持ち金をオーバーしている。本当に腕はいい職人だな。作るのに専念してまともな商人に販売させればかなり有名な店になれるだろうに。
「悪いが、さすがにそれほどのローブを買うほどの金は手持ちにない」
俺の言葉に店主がにやっと笑う。
自分の作った品物を正しく評価されるってのは、それほど嬉しいことなのだろう。……俺は物を作って誰かに売ったりあげたりしたことが無いからその感覚はわからないが。
「サービスするって言ってんだろ。全部で4万コルでどうだ?」
4万コルね。ソフィアを10万コルで買って、さっき買った服と宿屋の金で約1万コル。
スタインに前金としてもらった15万コルは全部飛んでいくことになるがこれだけの装備が買えるのならば背に腹は代えられないな。
「本当に4万コルでいいのか?単純に見てもその二倍……いや、三倍出してもいいくらいの装備だぞ?」
流石に、これほどのサービスをすんなりと受け入れられるほど、厚かましい心は持ち合わせていなかったので、つい聞いてしまう。
「この三つは俺が趣味で作った装備だ。4万コルでも材料費の元は余裕でとれるし、何よりこの装備の価値をしっかり理解している奴に使ってもらいたいからな!」
材料費と自己満足で物事考えていたら、いつかこの店は潰れそうだ。せめてもの救いは初期設定価格はしっかりとした値段が付けられていることだろう。こうやって店主自ら値引きを決めなければ儲けはでるだろう。誰かこの店の店主になって、こいつを作ることに専念させろよ。そしたら、かなり儲かりそうなのに。
「なら有難く買わせてもらうよ」
「ああ。存分に使ってやってくれ」
買った品をストレージに入れる。店を出る前に気になったので鑑定で店主を確認すると、案の定ドワーフだった。こんなとこに普通にいるんだな。
店を出ても何も言わずに神妙な面持ちでソフィアがついてくる。別に言うこともないから何も言わずに宿屋に戻っていると、途中からソフィアがきょろきょろしだす。
「あ、あの、宿屋に戻っているみたいですが?」
「そうだよ。今日は時間も微妙だからね。ゆっくりして明日の朝から狩りに向かおう」
今から行くと一時間くらい狩りをしたら日が暮れ始めるから、どの程度の敵まで戦えるか試せるかどうかすら怪しい。
「そ、そうですね」
ん?狩りに行きたかったのかな?新しい装備も買ったから試したかったのかもしれない。
それとも、奴隷なのに今日はまだ何もしてないことでも気にしているのかな?
どちらにせよ、せっかく有り金はたいてソフィアを買ったのだから、うっかりでも働かせすぎでも潰すのは勿体ない。
奴隷がどうこうではなく、金の分は働いてもらわないと今の生活を続けることすら厳しい。俺としてはもうちょっと良い暮らしがしたい。この世界は刺激的で楽しいが、この世界の暮らしは日本という温床で育ち、さらに親の遺産で引きこもり生活をしていた俺には辛い。風呂付の家が欲しい……
そんなことを考えていれば宿屋へとたどり着いたのでソフィアと別れ、自分の部屋のベッドで横になりながら今後の予定を考える。
ソフィアと俺で、どれくらい冒険者として稼げるかが問題だな。このあたりの魔物相手にどれくらい戦えるかによるが、拠点にする町の変更も視野に入れなければいけないか。
スライムをぷちぷち潰しながらぼーっとしていると部屋にノックの音が響いたのでスライムの召喚をやめる。
「ごはんの準備ができたそうです」
「もうそんな時間か。さっさと食べてゆっくりするか」
そこらへんに散らばっているスライムの魔石を回収してストレージに突っ込み部屋を出る。
食堂には数人の冒険者がすでにいたが、まだまだ席は空いているようなので四人掛けのテーブルを使わせてもらう。
「おすすめ二つで」
「はいよ。今日はタイラーボアーのステーキだよ。二つで100コルね」
タイラーボアーってことはイノシシか?まあ、もう一週間もこの世界で生きてるからイノシシくらい食えるようになったさ。というか養殖の肉が殆ど無いから、牛の肉とか言われてもミノタウロスだったりすることが多い。あいつの肉固いんだよね。歯ごたえがあると言えば響きはいいが、すじ肉みたいなもんだからな。
だから、下手に牛の肉なんか食うよりは蛇の肉とかの方が美味しいんだよね。迷宮とかダンジョンのドロップ品だとミノタウロスの肉とかも美味しいらしいけど、この辺りじゃ食べれる機会なんてそうそうないしな。
料理を持って席に着く。タイラーボアーの肉は初めて食うが、見た目は悪くないし臭いも気にならない。
さっそく切って一口食べるが、味はまあそこそこだ。ミノタウロスよりは固くないし、日本じゃイノシシは獣臭いとか言うけど、この世界じゃみんな獣臭いからもう慣れた。 一口食べて味が分かったところで顔を上げるとソフィアがいない。
ふと横を見るとソフィアが立っている。これはあれか?俺が与えるやつか?やっぱり奴隷ってそんな扱いが普通なのか?
「ソフィア。座って食べろ。これはお前の分だ」
俺が手を付けた方ではない皿を指さしてソフィアに食べるように命じると、ソフィアは床に座って食べようとし始める。こういうところの従順さはいらないんだよな。
「椅子に座って食べろ」
「あ、あの、いいんですか?」
「気にするな。俺は奴隷だからって気にしない。飯も寝る所も装備も全部俺と同じように扱うから慣れろ。変なところでケチって冒険の途中でお前に死なれると困るからな」
少し戸惑いつつもソフィアはわかってくれたようだ。若干面倒な展開だったせいでイラッとしたのが伝わったのか、ソフィアが申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「わかりました。出来る限りケーマ様の考え方に合わせます」
「じゃあ、冷めると勿体ないからご飯を食べよう」
席について食べ始めたソフィアを見て、俺も食事を再開する。
ソフィアはゆっくりと食事を進める。とはいっても、この世界では貴族でもない限り食事のマナーというものは殆どないようなものらしく、ソフィアも最初はステーキをナイフで切って食べるというようなことはせず直接噛み千切っていた、
まあ、ナイフなんてものがまずないんだけどね。
俺は初めてステーキを食べた時にナイフが無くて苦戦したからそれ以来ナイフもどきはストレージに用意してある。
ソフィアも俺の食べる姿を見てテーブルに置かれたナイフに気づいて頑張ってナイフを使い始めたが、初めて使うということもあり苦戦している。ようやく慣れ始めて一口サイズに切れるようになったころソフィアの手が止まる。
「ケーマ様。お腹が膨れてしまったので残りは食べてもらえませんか?」
ソフィアを見る限り我慢している様子もないし本当にお腹が膨れたのだろう。
ガゼフの店は奴隷を扱う店にしては好待遇だったが、こんなステーキなんてものは食べさせてもらえなかったのだろう。
……もっと考えて注文すれば良かった。胃が弱っているところにステーキなんて体に悪い。
ちょっとした反省をしつつ、ソフィアの分のステーキを食べる。俺もそれほど食べる方ではないのでなんとか残りのステーキを詰め込めば、少し気分が悪くなる。
もっと周りのこと考えないとな……本当に、女の子と二人で生活とかやっていけるのだろうか。