受け継がれる黒-4
ある日の夕暮れ。
レイズがいつものように仲間たちが集まっている場所にいくと、今日もレイとレイアがいなかった。ここ最近の夕食時になにかと数人ほど帰ってきていないことが多い。あの戦闘以後は周辺の魔物討伐以外で出ることがないため、どこかで遊んでいるということなのだろうが……。
しかもレイに関しては数日いなくなることが何度か起きている。
「おーい、誰かあの二人見なかったか?」
そう聞いてみるものの、今は食事を用意している時だ。皆いそがしく動き回り、石を丸く配置して作った炉に深鍋をかけて食べても大丈夫であろう魔物を煮込んでいた。
総勢数百名もいた盗賊団も、騎士団の監視の下でいくつかの纏まりに分けられて別々の場所にいるため、この場所で湯気を上げる鍋も、動き回る人数も少ない。
だからなのか、
「見てねえですよ大将」
「なぁに赤髪のほうにかなうやつなんざいませんよ」
「年頃ですから夜遊びを覚えるころじゃねえですか」
などなど。
「まったく……ちょっと探してくる」
近くの仲間に言伝し、ほとんど日が落ちかけている空へと魔法で飛びあがった。地上を走り回るには突き出た岩や樹木が妨げとなって魔法による加速もサーチも満足に行えない。
しばらく飛び続けると中空に白い幾何学模様が見え始めた。これ以上は進めませんよと知らせる警告であり、無理やり通過しようとすれば幾何学模様がそのまま迎撃魔方陣としての機能を発揮して攻撃される。騎士団が設置したものであり、レイズたち盗賊団を隔てる壁だ。
「こっから先には……」
行っていないし、行けない。そう判断して眼下に見える川沿いに下り始めた。
言い方としてはあれだが、スコールの縄張りである。
竜を仕留めて以降は不思議と森の魔物たちが恐れをなして近づかなくなった安全領域だ。それだけならまだよかったと言えるだろう。どうやったのかは知らないが、いつの間にか懐くはずのない狼系の魔物をまるで犬のように服従させて、縄張りの警戒に当たらせているのだ。
「まさか飛ぶ魔物まで手懐けてるなんてことはねえよな……」
と、呟いた途端に肌を何かが掠めた。触れてみればぬらりと血が垂れて。
「マジかよ!?」
即座に使用魔法を戦闘用出力に切り替える。頭の中に逐一反映される空間情報には一、二センチ程度の小さな金属片が地上から飛んできている様子が表されている。
「銃撃……」
なぜここに存在しないはずのものがあるのか……。
すっかり日が落ちて黒に染まった河原を見ると、ある場所で発砲炎が存在を知らせている。暗闇の中では撃つ側の位置はすぐに割れる。
「どこの誰かは知らんが撃った以上は死ぬ覚悟を持てよ」
空気を圧縮して靴裏と腰を支え、右手を正体不明の射手に向ける。左手を右の手首の後ろに添えるように。
瞬間的な暴風が吹き荒れた。理由は単純、手に平に空気を圧縮したからだ。
そして打ち出された空気弾は地上めがけて飛び、爆発して石や砂を巻き上げる。
もっと圧縮すれば高温の風を生み出して攻撃ことも、果てはプラズマ化した気体で焼き尽くすことも可能だ。
「やったか」
安心した直後に別角度から再び銃弾が飛来する。ギリギリ当たらない位置を通過するのは相手の狙いがまだ調整されていないからなのか、それともわざと外しているのか。
なんにせよ銃撃戦……砲撃戦? では高いほうが有利だ。レイズはその後も撃って撃たれてを繰り返し、いつまでたっても終わらないことに苛立ちを覚えて地上までサーチを広げた。
すぐさま頭の中に反映されたのはスコールがライフル銃を構えてこちらを狙っている姿だった。
「あの野郎!」
すぐさまスコールの座標をもとに転移する。空間移動系ともなれば規模と正確さが重要であり、使用者自身の精神状態によって精度は激変してしまう。下手に転移しようものなら地中に出てそのまま圧死なんて間抜けな終わりがあり得るほどだ。
背後に出現し、スコールの姿を捉えたと思ったときには腹部に激痛。
「がぅぐっ!?」
「転移系には置き換えと割り込みがある。割り込みの場合、そこにあるものによるが空気程度なら押しのけて出現する。即ち、場所の特定は」
「不可能……だろ」
転移は送り出すテレポート、引き寄せるアポートの二つ。そして出現する際の割り込みか置き換えの二つ。置き換えの場合はまず問題がない、仮に岩盤の中に転移しようものならば即死で元いた場所には人の形をした石像が現れるだけだ。
問題があるのは割り込み。空気や水のように流体や押しのけることができるものならばとくに問題はない、問題が起きるのは押しのけられずに重なった場合だ。
運が悪ければ核爆発だ。
まあそうなることはほとんどない、大抵はそれの構造がメチャクチャになってしまうだけで。
「だが、量子転送と同じように転移先に予兆があるからな」
「それこそマジの”一瞬”、人に認識できないはず」
スコールはレイズに突き刺さった(レイズが刺さりに来た?)刀を引き抜きながら、
「だから自分でできないならできるやつに」
暗闇の一点を指さすと、申し訳なさそうな顔というか、悪いことをして怒られて泣きそうな子供のような顔でレイアがおずおずと歩いてきた。
「…………」
「こんな時間までなにやってたんだ?」
魔法で傷を塞ぎ、目線を合わせてなるべく声を荒げないように聞いた。
しかしレイアは俯くだけで答えようとしない。
「レイア」
「…………」
一向に口を開く気配がなく、このままでは無駄に時間を使う尋問になると思ったのかスコールが言う。
「お前の役に立てるようになりたかったんだと」
「はぁ?」
「極端に魔力が少なく魔法を使うための適性も最低クラス、特に得物を使えるでもないからこのままじゃ役立たずだと、さ。切り捨てられるとでも思ったんじゃないか」
言うだけ言うとスコールは耳から綿を抜きながら真っ暗な河原へと歩いていく。少し離れただけで全身真っ黒ということもあって姿が見えなくなる。
どこからライフルを調達したのか、ほかにも複数の疑問が残るがレイズは一度レイアを連れて仲間たちの場所へと帰って行った。
たいして美味しくもないものを胃に押し込むとまたすぐにもう一人を探しに出かける。
ティアにレイアを任せようかと思ったのだが、どうもついて行きたそうな顔をしていたため仕方なく連れていく。向かう先は迷わずスコールの寝床だ。
レイアがスコールといたのならばレイも一緒にいておかしくはない。
そんな訳でスコールの縄張り(……と言っていいのか?)に近づくにつれていい匂いがし始めた。香辛料や野菜を炒めた甘い香りだ。
レイズはもしかして俺たちよりいいもの食べてるんじゃないだろうなと思いつつ、足を速める。
「…………おい、なんだこれは」
着いてみればなんと感想を言っていいのか分からない場所だった。
以前よりもしっかりとしたものができているのだ。
丸太を組んで作った煙突のあるログハウス、その隣に鍛冶場や風呂、厠はなかったが畑のようなものまで。そして極めつけは番犬のような狼の群れ。
群れはレイズたちに気づくと低い唸り声を上げながらのっそりと近づいてくる。
「レイア、下がってろ」
「大丈夫だよ?」
と、近づいてきた狼の頭を不用心に撫でる。
「…………」
第一にこれは狼の姿をした”魔物”である。狼ならばまだ懐く”かもしれない”程度には理解できるが、魔物はどうやっても懐くはずがない。やれても召喚契約を結べるくらいだ。
第二にそこらの魔物使いでも群れごと使役することは不可能である。群れのリーダーを落とせば残った群れの中から次のリーダーが現れ、一匹ずつ落としたところで喧嘩になるからだ。
「あいつ……人間か?」
近づいてきた狼(魔物)をレイズも撫でようとしたのだが、
「あ、っだぁああああああああっっ!!」
思い切り噛まれた。剃刀のように鋭い歯と歯の隙間から鮮血が垂れる。
肉を断ち、かといって骨にひびを入れずにガッチリ捕まえるという微妙な力加減のおかげで振りほどこうにもほどけない。
「いだだだだだ、やめ、やめろっ!!」
極限状態ではないが、落ち着けない状態での魔法の詠唱はなかなかできるものではない。
そのまま噛まれること数秒。
「伏せ」
スコールの命令によってよく躾けられた犬ころたちはさっと引いて行った。
「どういう教育してんだコラァ!」
「不審者に噛みついて放さないような教育」
「予想通りの答えをありがとうこのバカ野郎!」
手の傷を治しながらスコールに掴みかかったレイズは、綺麗な星空を見ることになった。
大外刈(投げ技)に似たような何かを受けて気づけばそうなっていたのだ。
「…………」
「よう、誰か来たのか……?」
中から出てきたもう一人に何やってんだこいつという目で見られる。
「単なるバカだ、ソウマ」
「あーね……」
その後、少々の言い争いをして軽く流されてログハウスの中に入った。
以外にも暖かった。
素人設計では暖炉で燃やせば燃やすほどに室内の空気が吸い出されて逆に寒くなるのだが、吸気口を暖炉下に設けてそれをカバーしている。そしてその近くで火にかけられている鍋からいい匂いがしている。
「……一体お前らはこれをどうやって作った」
目の前の巻き込まれで召喚された男三人に訊ねる。視界の隅のほうでスープを食べているレイはこの際無視だ。
「資材は森の魔物に運ばせた」
「加工は一通り僕が魔法でやったよ」
「んで、俺がミナの指示で組み上げたと」
「お前ら建築士か!?」
「そんな訳ないだろ。ただのもと学生だ」
ただの学生ごときにこんなことできるわけないだろ、そう言ってやりたいレイズではあるが言わなかった。すでに騎士団を倒すわ、自分もやられているわ、竜を倒すわ、こんなもの作り上げるわで言うだけ無駄だという思いが勝ったのだ。
「で、なんで俺たちよりよさげなもん食ってんだよ。あの壁を越えられなきゃなにも採りに行けないはずなのに」
「あれなら地面掘れば通り抜けられぞ?」
「はぁ?」
「まあそれで俺が海まで行って塩と魚を調達したしな」
「僕は魔法で一気に地面を掘り起こして野菜とか採ってるし、食べられるかどうかはミナが判断してくれるから」
「ついでに狼どもを使えば野生動物も楽に捕まえられる」
「…………」
なんだかつい最近巻き込まれでこの世界に来たはずの男三人組のほうがいい生活をしていることにどう返していいのか分からなくなってきた。
「つかここってほんとに異世界なんだな」
「僕としては帰りたいところなんだけど……そもそもなんで言葉が通じるのか不思議だし」
それを聞いたレイズが反応を示した。
「知りたいか?」
「できれば」
「じゃあ教えてやる。俺もここの人間じゃないから言葉が通じないんだが、そこんところを俺の魔法でカバーしてるわけだ。時々口の動きと言葉があってないときがあるだろ?」
「確かに……ってことはレイズがいなくなったら僕たちってほかの人たちと話せなくなるの?」
「いや、もう慣れてるからそんなことにはならないだろ」
「そっか」
しばらくすると話すこともなくなり、レイとレイアはおいしいものが食べられるしあったかいからここのほうがいいと言い、ソウマやネーベルといった巻き込まれは知り合い同士のほうがいいと言う。そのためこのログハウスで寝泊まりするようだ。
レイズは家の中を一通り見て回り、最後に鍋の中身を覗いて少し味見した。
ぶつ切りにした魚と大きめに切った葉菜や根菜の味と、摩り下ろした芋でつけられたとろみ。ほかにもいろいろと加えているらしく、甘みもありちょうどいい塩気だ。
「うちの調理担当もこれくらいできたら……」
どうにもならないことを呟きながらレイズは家路についた。
不安事項はある。
狼の群れのなかに女の子を置いてきてしまって大丈夫かということだ。
「……俺がいたとしてなにができる」
だが負けた手前、勝てそうにもないので……。