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受け継がれる黒-3

 レイズは夜明けと共に目を覚まし、布団を抜け出す。隣で寝ているティアを起こさないように、音も立てずに部屋の端まで行くと慎重にドアを開けて外に出る。

 いつものように軽く体を動かして、自分たちを監視している騎士団を鬱陶しく思いながら川縁まで歩いて顔を洗う。他にも早くから起きてきている面子はいるのだが、主だった者たちは離れた場所にいる。これでも敗戦した側なので、あちら側には逆らうことができずこの状態も反乱されないようにということなのだろう。

 うっすらと明るくなってきたが、日の光が辺りを照らし始めるにはまだ時間がある。朝の運動にと、川沿いに上っていくとここ数日探していた人物を見つけた。石を敷いた簡素なコンロにくすぶっている薪。傍らには鍋やナイフ、皿が置かれている。そしてすぐ近くに生えている一本の木の上にいるスコールを見上げる。

 木の周りに二メートルほどの杭を打ち込み、ワイヤーを張っているため近づけない。うかつに触ろうものなら指が切れるように刃がついている。


「おいスコール」

「…………」


 どうみても起きているとしか言えない、木の上で寝ながら落ちないように重心を動かすなど普通はできないのだから。


「起きてるのは分かってる、無視するな」

「そちらこそ干渉するな」

「……んの」


 反抗期のガキか、そう思うが先日ほぼ全力で負けたためにあまり強く出られない。


「一つだけ言っておく、あの力はあまり使うな。命に関わるぞ」

「分かっている」

「……はっ?」

「メティサーナとかいう天使に一通りは聞いた」


 これはもう話すだけ無駄か、そう思ってしまった。全部知ったうえでなおも使うならば止めようがない。使うだけ命を削るとわかってなお使うのなら、それは自分を大切にしていない証拠でもある。生きるのがつらくて死のうとしている相手に生きていればいいことあるさ、なんて言うのと変わらない。


「ミナー起きてる?」


 少しするとレイズとは違う方向からネーベルが現れた。スコールは木から飛び降りると、ワイヤーを解いていく。杭を巻くように張っているのではなく、それぞれの間を縫うように、蜘蛛の巣のように張っている。


「僕の杖、できてる?」

「一応」


 近くになぜか併設されていた溶鉱炉……のようなものの隣に立てかけられていた金属製の杖を手に取る。


「後は自分で鍍金しろ、このままだと錆びる。それと先端に填め込むものは好きにしろ、金属で鈍器にするもよし、刃をいれて薙刀のようにするもよし」

「いや普通に魔法使いの杖として使いたいから……」

「じゃあこっちだ」


 金属製の重そうな杖を置くと、その隣の木製の杖を手に取る。先端は何かを填め込むための台座になっている。一目で魔法使いになりたての者が使うような杖であると分かる。一般的には先端は金属製の簡易魔方陣を取り付けたりするのだが、これは魔石を填め込んで使うもの。


「すごいね、削り出し?」

「ああ、先に作った刀の試し切りがてら」


 指さされた先には鞘のない刀が一振り。柄には雑に布と紐が巻かれ、寝かせられていた。


「あれで切ったの!?」

「物理法則を無視したようによく斬れる。生の木がスパッとやれるぞ」

「…………」


 人の力で刀を振るったところで生えている生木を斬れるわけない、そう思い絶句したネーベルに代わってレイズが言う。


「当り前だろう、物理法則を無視した魔法で作った金属。それを材料にしたんだから」

「……」

「俺だけ無視か。もとからの仲間とは話すくせに俺は無視なのか」

「……」


 だんまりを決めこんだらしいスコールに代わってネーベルが答える。


「あー……ミナってこういうやつなんで、ごめんレイズ」

「いやいいけどな。俺も昔はあんなだったし、それにああいうのは長引けばほんとに独りになる」

「わかっちゃいるけど……」


 一人で川沿いに歩いていく相棒を見送りながらネーベルはため息を一つ。


「あれはどうしようもないし、一人でも十分にやっていけそうだし」

「そこが問題か……なんでもできるし他人を信用しない。もしくは誰にも頼らなくていいようになんでもできるようになったか……どっちにしても長生きできるタイプじゃない」

「この数日でそこまで分かったんだ。僕なんか結構かかったのに」

「初日からあいつだけ野営キャンピングしてんだ、しかもそれをずっとで俺たちの食事時にも寄ってこない。探しても今日になってやっと寝床を見つけ出せたほどだ。それならそう判断するのにも時間はいらない」

「そういうもん?」

「そういうもんだ。俺はあいつを仲間として引き込む、お前はすぐに溶け込んだが……言い出した本人があれじゃ、お前だけを何とかしたら自分はどうでもいいって感じだからな」

「そうだね、僕とだけは普通に話してくれるけど、他の人たちとは最低限だから」



 その日の夕方、レイズは空を飛びながらレイアを探し、ついでにスコールを探していた。二人とも朝に見失ってからずっと探し続けているのだ。ついでのスコールはとりあえず話の糸口でもあればそこから警戒を解けるかもしれないと。

 飛行魔法と索敵魔法を同時詠唱――と言っても実際に呪文を唱えるわけではなく、頭の中でイメージを組み上げるだけだ――しながら空を飛ぶ。ここ最近毎日のように飛んでいるせいなのか、今では鳥たちがデルタ状に随伴してくる。ときおりハルピュイアとかいう鳥と人間を混ぜたような魔物に襲われるのが難点だが。


「あいつらどこほっつき歩いてんだか……」


 夕日が沈むまではまだ時間があるが、いつもなら帰ってきているレイアがいないとなれば心配になる。

 このあたり一帯には騎士団が展開しているため、別の盗賊団や人攫いの類が入り込む可能はないと言っていい。ならば考えられるのが魔物だ。

 妖怪や悪霊などの”魔の存在”だが、ここ最近では生物としての進化に必要のない方向に進んだものもそう呼ばれている。とくに厄介なのはもとから危険な野生動物、熊などが変異した魔物だ。


「ん……見つけた」


 索敵魔法によって展開していた”眼”にレイアが映った。簡易的な魔法であるため対象の位置程度しか分からないが、戦闘ではないため構わない。

 徐々に高度を落としていくと木々の隙間に青い髪が見える。そして近づいてその体を見た瞬間に息をのみ、一気に接近した。


「レイア! なにがあった、その血は、誰にやられた?」


 木の幹に体重を預け、息も絶え絶えだ。身に着けている衣服は腹部から下が真っ赤に染まり、顔には打ちつけたような痣がある。


「す…………すこ、るが……」

「スコールがどうした? まさかあいつにやられたのか?」


 ふるふると首を横に振ると、力なく震える指である方向を指さした。点々と赤い滴が続いている。

 レイズはそちらを見ると空に信号弾を打ち上げ、治癒魔法をかける。


「少し待ってろ、すぐに助けが来る」


 簡易的な障壁を設置すると駆け出す。いくら簡易的とはいえ、魔砲による砲撃を数十発受け止めるだけの強度はあるため心配はほぼない。

 草木をかき分け、血の跡をたどり、何があるか分からない場所へと走る。もしスコールが敵だったとしたら勝てるか? もしスコールと同じようなやつがいたとしたらどうなる?

 考えているうちに開けた場所に出た。スッパリと木が伐り倒され、ところどころ切り株が掘り返されている。目についた数本の木の幹には鋭い爪の後。それには見覚えがあった……竜。


「スコール!」


 視線を前に向ければパーカーを脱いだ状態で、半身を真っ赤に濡らした彼がいた。片手に自作の刀を、そしてもう片方の手は赤く塗れていた。

 相対するのは黄土色の鱗を持つ大地の竜。まだ幼体ながら四メートルはくだらない体躯だ。


「来たれ、万物を構成せし四大の……」


 縛りの言の葉、召喚を行う言葉を紡ぎ終えようとしたその時、竜の爪が振るわれた。バチュッと嫌な水音が響く。


「あっ……嘘だろ……」


 その光景が信じられなかった。


「おいおい、ここってマジでファンタジーな世界な訳?」

「ドラゴンに止めを刺しておきながらそれを言うか」

「いんや、だってミナ、お前のことだからこうなんつーの? 持ち前の不幸体質で異世界からドラゴン呼びよせちゃいましたとかの方がピンと来るんだわな」

「ソウマ……お前そこまでゲームに汚染されてたか」


 目の前にいる血まみれの男二人が竜の首を、足を斬り飛ばして何事もなかったように話している光景が。


「…………なんだこれは」

「見ての通り、襲われたから殺した。レイアはもろに血を浴びて頭ぶつけてた程度だからケガはひどくないはずだ」


 刀をさっと振って血を払うと、パーカーを拾い上げて、


「ソウマ、この白いやつといればとりあえず安全だ」

「おめーはどうすんだ?」

「誰も信用しない」


 一人、暗くなり始めた森に消えていった。

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