受け継がれる黒-2
-Nebel-
「お前たちの実力を見たい」
そんなレイズの一言から始まった模擬戦闘。
模擬、とは言ってもやることは実戦と同じだ。即死攻撃であれ数秒以内であれば魔法による蘇生が可能ということなので、木っ端微塵に破砕するような攻撃でなければ殺傷も許可された殺し合い。
夕方の暇になった時刻から始まったそれは、見通しの悪い森の中での遭遇戦を想定したもの。すでに日が傾き始めているため、早期に決着をつけなければ視界を奪われたネーベルが負けるのは明白の理。
「バーンフレア」
「フリーズ!」
レイズが撃ち出した真っ赤な砲弾目掛けて冷却魔法を放つ。互いの中間地点、ちょうど開けた場所で炸裂する両者の魔法。
「まただ……」
赤熱した砲弾からあふれ出す”水”を瞬間冷却してそこに氷のオブジェを作り出す。
「固定観念は捨て去れ、炎と言って炎を撃ちだす必要はないぞ。キックと言ってパンチを繰り出すように言葉で撹乱しながら戦うのも一つの方法だ」
「だからって多重詠唱で魔法の”見掛けの状態”まで偽装するのはずるくない? 僕まだ初心者なんだけど」
目に見えない圧縮された風の刃を払落し、反撃に大まかな位置に地面から槍を出現させる。
「それだけできて初心者ってのはないな。それに戦場ではそんなものは関係ない」
言った瞬間どこからか拳大の石が飛んできて、後頭部に綺麗に直撃した。石が地面に落ちるよりも前に振り替えると、薄暗闇の中で動く音だけが響く。姿が見えないのだ。
「ネーベル、そいつのは魔術と魔法の混成だ。言葉で現実を歪めて、脳内のイメージを無理やり押し付ける簡単な術だ」
「闇は光に」
森の暗闇が消え去り目に見えるようになるが、そこには木々があるだけ。
「それでどうやって対抗すれば!?」
森に叫ぶとまたどこからかスコールの声が聞こえる。
「言葉一つで現実を思うように書き換えるだけだ」
「だからなにをすればいいの!?」
「葉は斬れる刃」
飛んできた小鳥が枝にとまり、風に揺られて舞い落ちた木の葉に切断された。舞い散る葉の一枚一枚があらゆるものを切断するエリアが出来上がるが、ネーベルは風圧の壁で無効化する。
「収束せよ、光にならぬ影へ」
「言葉で一つの術、つまり一つの言葉で一回の攻撃ならば」
突風が吹き抜けた。
「一度にくる術は十かける一ではなく一かける十。強度は低い」
スコールがいるであろう場所に動き始めた木の葉が下へ舞い落ちる。
森に暗闇が戻り、太陽が沈み始めたのか急速に暗くなっていく。
「なにをしたの……」
吹き抜けた突風は二人が発動していた魔法を完全に消し飛ばしていた。
「結果の定義で一つ、標的の定義で一つ」
「我が手に刃を、敵を斬り裂け」
高速で射出された剣は、
「当たる訳がない」
声がした方へと軌道を変えて飛び、茂みの中に消えた。
「どこを狙っている? できると思えばできる、当たると思えば当たる。そんな便利すぎる術に頼りきりにしないための安全策が仇になってるだろ?」
レイズとネーベル、二人が向かい合う場所を囲むように、あちこちから声が響く。がさごそと茂みを揺らし、木の上を飛び回る音が聞こえる。
「ミ、ミナ? どこに?」
「日が完全に沈むまで持ちこたえろ、暗闇なら得意なフィールドだ」
その一言で何を思ったか、レイズは即座に動いた。
「ウィンドフレア」
ヒュゥと風が吹いたかと思うと圧縮された空気の砲弾が撃ち出される。恐ろしい速さだがまだ視認できる。
「水」
「っ!」
咄嗟に前面に広げた鉄の壁。そこに砲弾がぶち当たると鎌鼬をまき散らしながら、それ以上に水が溢れ周囲の物を押し流す。
「アースフレア」
その手に土塊が現れ、
「飛べ」
言葉に従って風をまとい飛び上がったネーベルが見たのは、さきほどまでたっていたはずの場所に大きな穴、地割れが起きたかのような深い深い亀裂。
「スタンフレア」
曳光弾のようなものが空に飛びあがったネーベルへと撃ち出される。
「まずっ」
反射的に腕で顔を覆うが、それが功を奏した。光り輝く砲弾は音こそないが失明を免れないほどの光をまき散らしたのだ。数十秒の間、世界が白黒に彩られて撃ちだした本人ですら目を閉じて伏せているほどだ。
光の嵐が過ぎ去るころには日が完全に落ち、夜へと移行する。
「見えないや……」
枝葉にかすりながら着地したネーベルはそう言ってその場にしゃがみ込む。まだ使える魔法は”目測で照準して作用する”ものだけだ。頭の中に周囲の状況を映し出す索敵系統を使えないため、夜戦はほとんどできない。
「ミナ!」
「はいはい」
「うわっ!?」
見えないがすぐ隣から声が返ってきた。足音も茂みを揺らす音もなく、枯葉を踏む音すらなく近づかれると誰だって驚く。全身黒いこともあってか、目を凝らしてもその姿を見ることはできない。
「レイズっていったかな、あいつの術は概念魔術で言葉をそのまま現実にしたり、結果を定義してそれに合わせて現実を改変するらしい。そして低級なものならば”自分が絶対にできると信じる”ことが発動の前提条件になっているらしい」
「へー……で、らしいって?」
「あの天使に聞いた」
「なるほどね、それで勝てるの?」
「無理だろう。経験も技術も使える手札も向こうが圧倒的に上だ」
折角だから勝ちたい、そう思っていたネーベルが少し顔を下げた。隣にいるスコール、もといミナというやつはネーベルの知る中では恐ろしい人間だから、どんな手段を使ってでも勝ちに行くと思っていたのだ。
「じゃあ」
あきらめる? そう言いかけて、
「まあ、殺していいってんならやるがな」
低い声で、呟くように言われた一言で体が痺れた。
恐怖。
いままでにも怖いと感じることはあったがいずれも本気ではないようだった。しかしこれは本気らしく、腰が抜ける、そんな状態で力が抜けてしまった。口を開いても何かを発することはできず、ただスコールが行動を始め結果を出すのを待つのみとなった。
ほんの数秒経つ頃には暗闇の向こう側から爆音と炎が吹き荒れ、レイズの叫び声が聞こえ始める。
「なっ、はぁっ! どこにいる!!」
炎の光にきらりと反射したのはワイヤーだろうか、それがすっと動くとあたり一帯の木の枝がバラバラと落ちる。それに混じって金属音が聞こえるのはなぜだろうか。
「くそっ……あ? まほ……大召喚陣かっ!」
魔力の漣が大地を伝い、自然状態で存在する魔力が急激に引きずられて集まっていく。ネーベルの記憶にはスコールは魔法を扱えないということがインプットされている。魔法を使えないということは魔力を扱えないということと同義にはならないが、魔法という形にできないのに召喚陣を作った理由が分からない。
「のわぅあっ!? てめっなにしやがった!」
空から光の柱がいくつも降り注ぎ、鼓膜を打ち破るほどの破砕音が大地を砕く。ふと隣に着地する音が響き、目を向けると光に照らされた影がそこにあった。
「うん?」
「やっぱり見えにくいか」
「え? どこ?」
「上じゃない、横だ」
「わぁっ!」
何もないところから手が伸ばされて肩に触れられる。すぐ近くにいるはずなのに全く見えないというのはどういうことか。手を伸ばすとパーカーの生地の感触が感じられ、それと同時にビリビリと痺れるような感じまでする。
「魔力障壁?」
「残念、それも魔力を圧縮した壁って言われてるが魔法に変わりはないからな使えない」
「じゃあなに?」
「ベクトル反転障壁と他いくつか適当に、それと召喚魔法」
「魔法使えないんだよね」
「もちろん。だからあいつの魔法を奪い取った。自分で作れないなら他人に作らせて奪えばいい」
他人の魔法を奪う魔法。
確かにそういうものは存在するが、詠唱が長すぎて使い物にならないからと魔導書に載っておらず、口頭で伝えられるような者も今となってはほとんどいない。
「どうやって……」
「魔法で奪えないなら魔力の糸で絡めとって、発動を阻害しながら引き剥がす。そして術の制御を改変する。それで奪える」
「う、うん? 魔力の糸って確かに魔法を妨害できるけど、そんな使い方も……」
「そこか!」
考え始めた途端にスコールとネーベルの間に真っ白なレーザーが撃ちこまれた。一瞬だったにもかかわらず、照射を受けた地面は赤熱して陽炎が揺らいでいる。
「止めといこうか」
音もなくナイフを手に飛び出したスコールを目で追って、その直後に飛び込んできたレイズが首を刺されて倒れた。
-Raise-
「まったくもう、無茶するんだから」
「……悪い、ティア」
手当を受けながら、レイズは女の膝枕に寝ていた。
彼女はクレスティアという名で、訳あってレイズの配下として、そして若干片思い気味で一緒にいることが多い。長い黒髪と落ち着いた印象を持たせる服装と雰囲気だが、戦い方は翼のような双剣を用いて空を舞う空中戦、地上を駆ける陸戦どちらともをこなす猛者だ。得意とするのは水と冷却、さらに水分子の停止というのを使って水を固定することで他のものを停止させることも一応できる。
「まさか……通常魔法が使えないからもしやとは思ったが、あいつあんな強力な術を使えるとは」
「あの光の柱?」
「そうそう。名付けるな流星の通り道、ミーティアパス……いや、ウェイかな」
「道っていうより、あれは線じゃないかしら」
「線か……ミーティアラインか、俺も真似してみるか。さすがに同じ方法は無理だから隕石でも使って……」
「でも魔法じゃなかったよ? あの感じはどっちかっていうとメティの力に似てるし」
「……あいわかった、天使の力を使ったやつか」
「うん、だから使いすぎると……たぶんだけど、体が持たないと思う。レイズはメティと私と繋がってるからある程度は大丈夫だけど」
「明日にでも言っておくか」
起き上がって首を触る。刺されてかなり出血したが魔法で回復した今は大丈夫だ。殺傷ありといっても、さすがに”本当に刺す”なんて思ってはいなかった。殺す相手が人間で使う武器もゴムでなければ刃挽きされたものでもない本物。体がすくんで刺せるわけなんかないと思っていたのに……彼とて最初は、一番最初は殺すための力を人に向けたとき、体がいうことを聞かずに刺せなかったというのに。あのスコールと名乗った青年は掠め取った記憶の断片から平和な国で育っていて殺しなんて関係ないと思っていたのに、本来戸惑うべき空中召喚から戦場へと放り込まれて、明確な殺意を持った兵士たちを容赦なく殺害し、そして先の戦闘で自分を躊躇いなく、確実に急所を狙って刺してきた。
必要な場面で必要な力を発揮するのは間違っていない、だがその力が問題だ。躊躇いなく人を殺せる力は……。
「誰かに殺されかけた、か……俺と同じか。…………ん、どうしたティア?」
そっと背中から手を回したティア、その手に自分の手を重ねる。
「たぶんあの人は、あのままだと絶対に取り返しがつかないところまでいっちゃうと思う。もう一人の……ネーベルって言ったかな? あの人がいるから今は大丈夫なだけで、周りが敵だらけになったら……」
「昔の俺と同じ道を行く、か?」
体重を預けられ、それを受け止める。長い髪が触れて少しくすぐったい。
「うん、だから止めてあげて」
「ああ、さすがに巻き込んだ俺が放っておくなんてことはできないからな」