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すべてが始まった日-4

 空白の暦


 -Ray-


 くらい くらい


 まっくらなそらがひろがってる


 ぽつり ぽつり 


 ふりだしたあめは


 わたしをつめたくしてゆく


 からだがもううごかない


 わたしはここでもう……


 ぽつり ぽつり


 ふりつづくあめは


 わたしのいのちをながしてゆく


 なんでだろう


 なんでこころに


 まっくろなきもちが


 あふれてくるんだろう


 ぽつり ぽつり


 あめのおとが


 ちいさくなってゆく


 くろいかげがちかづいてくる


 わたしは……


 ねえ、お母さん、お父さん

 どうして私をこんな森の中に置いて行ったの

 どうして私を他のみんなみたいに扱ってくれなかったの

 どうして私を邪魔者のように虐げたの


 いしきがとおざかって


 からだがふわりとうかびあがって


 くるしいよ


 だれかたすけて


 わたしは……まだしにたくなんかない


「戻って来い! まだ諦めるな!」


 -Raise-


 曇天の空の下、二人の少年が大地を駆けていた。

 片方は白い髪に赤い瞳の少年。

 もう片方は顔に大きな傷のある少年。

 彼らが進む先に見えるのは、死体、亡骸、遺骸。

 赤黒く染まった大地には折れた剣や矢が突き刺さり、割れた盾の破片が散らばる。


「なんかあったか」

「だーめだ、使えそうなもんがねえ」


 少年たちがしていることは簡単なことだ。

 戦場の跡地でまだ使えそうな武器や防具を漁り、持ち帰って売り払うのだ。

 身寄りのないものたちの稼ぎ方の一つだ。

 ゴミの集積場を漁るよりも危険だが、それよりも遥かに稼げるからここにいる。


「くそー、何もなかったら今月稼ぎがねえから食うもんがねえよ」

「冬も近いしな……」

「乾燥芋もほとんど残ってねえし」

「仕方がない、森で獣でも狩るか」

「やれんのか? 武器もないし……」


 こつんと、何かを蹴った。


「いいところに鉈があるじゃん」


 そんなこんなで戦場をうろつく残存兵を避けて森へと踏み入った。

 傷のある少年が鉈を使って道を拓き、森の中を進んでいく。

 先ほどよりも雲が厚くなりぽつりぽつりと雨も降りだした。


「雨か……」

「においが流れるから近づきやすくなる」

「つーことは運が良い雨か」


 雨に濡れることをどうとも思わず、二人は進む。

 ときおり枯葉の積もった地面を見るが、食べられそうな木の実は全く見当たらない。


「あーあ、弓矢でもありゃ少しはさまになるのに」

「贅沢言うなよ、そもそもお前弓使えねーだろ」

「そーだけどさー……ほら、あったほうがなんか……! 伏せろ、伏せろ」

「なんだよ」


 白い髪の少年は何かに気付く。

 文句を言いつつも二人は息を潜め、繁みに身を隠す。


「なにやってる」

「結界だよ」


 白い髪の少年が札を取り出し、地面に置くと見えない壁が張られた。

 簡単な結界。

 魔法攻撃を遮断することさえできず、姿を隠すこともできないほど稚拙な術。

 それでもすでに隠れた状態で使うのならば気配を乱す程度には効果を発揮する。


「来る」


 その直後。

 目の前を全身を黒と青の布で覆い、両腕に真っ黒な鉄爪を装備した不気味な一団が通り過ぎて行った。


「なんだ?」

「召還兵だ」

「あの死者を呼び戻して作るとかいう」

「ああ、召喚兵も召還兵もアルクノアの秘術だからな……」


 彼らにあるのは生きとし生けるものを仲間にしようとする意思、即ち生者を喰らおうとする本能。

 そしてそれぞれが持つ生前の負の感情。


「先に戻っててくれ」

「おい、お前はどうするんだよ」

「少しあれを追いかける。無茶はしないから」

「……分かった。約束は守れよ」


 傷のある少年は音もなくその場を立ち去っていった。


「さて……召喚兵だけでも十分なのになんであれを放ったのか……」


 白い少年は自分だけの能力で自らの気配を死者のそれに似せる。

 人は生きている限り常に何かしらの"波"を放っているが、それを少しばかり擬装したのだ。

 茂みからそっと出ると、先を行く召還兵に一定の距離を保ちながら、間に必ず視線を遮るものがあるように位置取り、追跡を始めた。

 少年は幼い見た目に似合わず、半分人間を止めているため中身の年齢は少しばかり上をいっている。

 気付けば無人の荒野に置き去りにされ、今日のこの時まで生き抜いてきた。

 別に家族を恨んではいない、あの場所は少年にとって居心地のいい場所ではなかったから。


「どこまで行くんだ……」


 しばらく追いかけているうちに雨が強さを増してきた。

 それに周りに見える、感じられる召還兵の数も増えてきている。


「なにがある……こっちは戦場じゃないぞ」


 大抵の場合は、召還兵が群がるところにあるのは戦場や災害に巻き込まれた場所などの、死者が大勢出る場所か、死にかけ、もしくは死んだばかりの生き物の身体がある場所だ。


「うぇっ……気持ちわりぃ」


 次第に森の奥に行くにつれて黒い靄のような、瘴気が溢れる場所に入っていく。

 視界がだんだんと黒く染まり、進む先が見えなくなる。

 それでも少年は進んだ。

 召還兵が放つ特有の嫌悪させるような気配を頼りに、彼らが群がる中心地へと近づく。

 少年にはもしもまだ助けられる状態ならば助けたいという気持ちがあり、手遅れならばできる限り召還兵を減らそうという思いがある。

 こんな外道な召喚物はあってはならない。

 どれだけ進んだだろうか、いつしか視界は完全な闇に閉ざされ、肌から感じられるのはナニかに意識を侵食されるような気持ち悪さだ。

 それほどに濃密な瘴気の中を少年は耐えながら進み、そして木の根につまづいた。


「うゎっ」


 ひざをすりむいた痛みを我慢しつつ立ち上がると、瘴気の源泉であるかのような黒い塊が浮いていた。

 そこに召還兵は群がり、その下には少年よりも少し年下の少女の亡骸が横たわっている。

 黒髪の少女、どうして一人でこんな森の奥まで来ていたのか。


「くっ…………やるか」


 間に合わなかった。

 ならばと纏めて浄化するため、少年は両の手に白い力を顕現させた。

 それに反応して、一斉に召還兵たちが飛び退いて警戒態勢に入る。

 だがそれで分かった。

 黒く染まりきったと思っていた魂の隙にまだ穢れていない部分が見えた。

 まだ間に合うかもしれない。

 少年は一気に駆けだした。


「戻って来い! まだ諦めるな!」


 叫び、呼びかけながら柏手を打つ。

 両の手に顕現した白い浄化の力が黒い瘴気と召還兵を払いのけ、神聖な空間を創りだす。

 清浄になった空間の中で少年は少女の魂に触れた。


「うぐ、もうほとんど死霊になってんじゃねえか……」


 このまま死霊になんてさせない。

 人に害を成す霊になってしまえば、すべてに拒絶され更なる苦しみを受けながら奈落へ落ちる。


「身体とのつながりは……もうないか、仕方ない」


 少年は魂を縛り付ける隷属の魔術を即席で組み上げ、自らの体に少女の魂を無理やりに憑依させた。

 たったそれだけ、むき出しの状態から保護しただけで穢れが消え始める。


「さて……これ帰ったら絶対ティアたちに怒られるよなぁ……」


 少しばかり気分を落としながらも、創りだした空間の外で囲んでいる召還兵の群れをどうやって突破するかを考える。

 召還兵の主な使われ方は恐れず、死なず、疲れず、身体が朽ちるまで使える兵士だ。


「は、ははっ……やるだけやってみるか……」


 -Ray/Lay-


 たすけてよ


 くるしいよ


 真っ黒に染まった意識

 もうダメなんだろうか

 そう思って諦めていると、誰かの声が響いた

 私を闇の中から引き上げてくれる温かさ

 冷め切った冷たい私を温めてくれる優しい誰か

 私を蝕む黒を吹き飛ばす白と赤、白と青

 目が覚める

 霞んだ視界

 私たちを覗き込む二人

 ぼやけていた視界がはっきりすると

 白い髪のお兄さんと

 黒くて長い髪のお姉さんが見えた


「よかった……はぁ、間に合った」

「まったく無茶するんだから……でもこれいいの?」


 私は私

 一人のはずなのにおかしい

 隣にもう一人の私がいる

 私が私を見て

 私はそれを認識している


「あー……俺とティアの力が半分だけしか重ならなかったから……割れたな」

「割れたって……こんなしっかり意識を保ったまま人格と能力を引き裂くようなのは……」


 ひどい?

 ううん

 違うよ

 あなたたちは私たちを助けてくれた

 それだけで私たちは十分

 それだけで私たちを人として見てくれている

 それだけで私たちにとっては……


 私はこの日を忘れない

 私はこの人たちともう一度生きよう

 私は私と生きていこう



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