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すべてが始まった日-3

 空白の暦・時点不明/誤差・無


 -raise-


「殺してやる……絶対に殺してやる!」


 彼の前には仲間たちが倒れたいた。

 皆ピクリとも動かず、息絶えている。


「きやがれ、最小限の犠牲で世界を救う。それが俺様の理念だ、全部まとめて救うなんて英雄みたいなこたぁできやしねえんだ」

「できる……ただやろうとしてないだけで!」

「そういうもんじゃねえんだ。あいつらに勝てるわきゃねえんだ、だったら最小の犠牲で計画を狂わせてやりゃ」

「ふざけんな!」


 すでにぼろぼろの身体で立ち向かい、そして瞬く間に倒された。

 師と弟子、明確な別れはこの時だった。

 別にどちらが正義でどちらが悪という訳ではない。

 どちらともが正義。

 ただその方法が違っただけで。

 白髪の青年、レイズは自分を利用しようとする組織を殲滅しようとした。

 獅子のような髪の魔神、ヴァレフォルはその計画自体を潰すために、組織ではなく鍵となる青年を殺そうとした。

 ただそれだけの違いだった。

 計算外だったのは、その計画を聞いてなおも青年の周りには道を譲らない仲間たちがいたこと。

 本来青年一人を殺してしまえばすべては知られることなく終わったはずが、余計な死人が出てしまった。

 だから……だからレイズは願った。

 記憶を持って過去へ戻りたいと。

 だから思った。

 こんな理不尽はすべて自分が背負うだけでいいと。

 だから狂った。

 世界が彼の願いを聞き届けたから。

 だから始まった。

 永遠とも思える永い永い繰り返しが。


 空白の暦・ループ1


 青年が願ったことは、呪いの言の葉となり関係者すべてを巻き込んで魔術を発動させた。

 影響下のものを完全固定し、世界のすべてを特定の時間、配置状態まで戻したのだ。

 払った代償は大きなものだった。

 もし死んだなら、特定の繋がりを持ったもの以外には完全に忘れ去られるというもの。

 世界にすら存在を否定され、やがては最初からいなかったことにされるという悲しい代償だ。


 部屋の戸が叩かれる。


「さっさとしてくだせえ、もうすぐ引き払うんですよ。大将が起きてこねえと始まりやせんよ」


 沈んでいた意識が現在いまに引き戻される。


「ああ、悪い。すぐ行く」


 さっと身だしなみを整える。

 格好はいつも通りの白いシャツとズボン。

 白い髪が少しはねているがこれはどうにもならない。

 部屋を出て一階の食堂へ向かう。


 ここはとある山脈の上にある小さな城砦だ。

 どこの国が作ったものかはわからないが朽ち果て使われていないようなので、

 彼ら”盗賊団”のおよそ五百人が勝手に使わせてもらっている。

 と、言ってもさすがに五百人が使うのは無理なので、

 女性と隊長格が城砦の中に、残りは石と木で作った簡素な住居に警戒も兼ねて住んでいる。

 現在彼らは神界戦争に介入し、さらに天界に手を出した末に逃走している最中だ。

 追ってくるのは第八位の大天使と第九位の天使三千。

 加えて直属の騎士団までいる。


 食堂に入り食事を受け取り席に着く。

 この人数を養いつつ逃亡するとあっては当然食事も質素なものとなる。

 今、青年の前にあるものもくず野菜のスープと硬いパンが一切れだ。


「大将だけはもちっといいものを食ってくだせえよ」

「俺だけ贅沢はできんだろ。俺がいいもの食うのはこの状況を抜け出してからだ」


 横から話しかけてきたのは古参の仲間で格好は薄汚れている。

 周りを見れば同じように薄汚れた統一性のない格好のものが大勢食事をとっている。

 その中にはほぼ人と違いない魔族や下級天使、多数の亜人の姿も見られる。


「そんなこと言ってっから女運がないんですよ大将」

「それとこれとどう関係が……」


 あるんだ? と言おうとしたとき警笛が鳴り響いた。


『敵襲ーーー!!』


 その叫びと同時に外からは爆発音が聞こえ始めた。


「くそっ! もう来やがったか。戦えないものは山脈を下って森へ隠れろ! 残りは隊長に従って戦え!」


 青年は簡単な指示を飛ばしてゆく。

 複雑な指示はかえって混乱を加速させるだけだ。


「大将、あの子たちはどうしやすか」

「無理矢理にでも連れて行ってくれ。さすがにこれじゃ守りきる自身がない」


 指示を受けた仲間はすぐに行動を開始した。

 青年は皆が裏手に向かって行く中、城砦の正面側に出た。

 外には既に斥候に出していた仲間が待機していた。


「どうだ、敵の配陣は」

「隊を三つに分けて一つは予備、一つは横陣、後は百ずつで十の部隊、これは遊撃」

「厳しいな……こっちは召喚獣入れて三百、実質十倍か」


 三倍の戦力比でも厳しいというのにこれは十倍、勝ち目のない戦いだ。


「大将! すんませんどうしてもって聞かなくて」


 どう対応するか考えていると二人の少女を連れて先ほどの仲間がよってきた。

 赤い髪の少女と青い髪の少女、双方ともその目は真剣であり逃げる気はない。

 青年は仕方ないか、と逃げさせることを諦めた。


「一番隊、男衆は敵を引き付けろ、女衆は魔力の糸で空の敵を落とせ」


 指示を受け皆が動いていく中、少女たちも指示をくれという視線を向けた。


「お前たちはクレスティアと一緒に山頂から砲撃してくれ、いいな」


 二人の少女は頷くと山頂へ駆けていく。


「それで大将はどうするんで」

「俺は……言っても反対しないか?」

「今回だけは反対しませんぜ」

「そうか。俺は単独で敵陣後方へ転移、そして召喚獣で雑魚を抑えて一騎討ちを仕掛ける」

「やっぱ反対してもいいっすかね、毎度毎度大将はやることが危険すぎますぜ」

「だがそれで今日まで生きている。ま、今回は俺も危ないと思うがな。でもなそれでお前らが逃げ延びてくれりゃいいよ。俺以外にも指揮のできるやつは何人かいるから――」

「死にに行くつもりですかえ」

「最悪でも相打ちにはしてやる」


 それだけ言うと青年は転移魔術を発動した。

 青年の体が白い炎に包まれ跡形もなく消える。



 単身、敵陣後方へ転移した青年はすぐに呪符を取り出した。


「盟約に基づき我が刃となり盾となれ」


 散らされた呪符が光り、次々と白い狼が顕現し、最後に真っ白な龍が現れた。


「頼むぞ、お前たち」


 数百の狼と一の龍を従え、青年は敵陣へ突き進む。

 双方とも敵の姿を捉えてからの反応は早かった。

 天使はすぐさま結界を構築し、青年はその結界をも納めるほどの召喚魔術を構築した。

 何を呼び出すかは定義しない。

 ただ魔力だけを籠め、不安定な状態で開放する。

 行き場を失った魔力は暴れ狂い天使の力を吹き飛ばしてゆく。

 そして弱体化した天使に複数の狼が襲い掛かる。

 だがこれでやっと対等な戦いになる。

 それほどに天使は強い。


「あらあら、随分と暴力的な使い方をするのね」

「うるせえ! テメェはここで倒す」


 青年の目の前に一瞬前には確かにいなかった天使が現れた。

 上下ダボダボの緩い服を着た四枚羽の黒髪の大天使。

 その翼はほとんどが黒くなっている。

 青年は神界戦争のどさくさに紛れて盗んだ、ティルヴィングを手に召喚し、背後にアークアンシエル(アルカンシエル)を召喚する。

 ティルヴィングは二度に限り全てを切り裂くが、三度目は使用するとその身を滅ぼす魔剣。

 アークアンシエルは虹のような七色のクリスタルで、そこから発せられる光を身に受けると罪を与えられ感覚を奪われる。

 七つすべての罪を着せられた時点で動けなくなり所有者の意思により死が確定する。


「あなた、それは人の手に負えない代物よ」

「生憎俺は人を辞めてるんでね。最高位の精霊体みたいな状態なんだよ」

「あらそう。でも、私に勝てるなんて思わないことね」


 四枚羽の天使が腕を一振りする。

 ただそれだけで気付けば雲の上に転移していた。


「そっちから誰もいないところ、しかも光を遮る雲の上に飛ばしてくれるとは」

「なにかいいことでもあったかしら?」

「コイツの使い方は知ってるだろ」

「ええ。そんな低級なもので私を傷つけようってところから間違ってるけど」


 青年は容赦なく罪過を与える光を放ち、魔剣を両手で振りかぶり切りかかった。

 そして片手で受け止められた。


「無駄よ。あなた、概念魔術を使うようだけどその程度の干渉力じゃ効かないわ」

「そうか。ならこれはどうだ。『情報改変、俺を中心に半径百メートル内に存在を認めない』」

「無駄なのよねー」


 青年の周りにある空間そのものが削られるように壊れ、物質が消失してゆく。

 だがそれでも天使は平然と浮いている。

 音を伝えるものがないはずなのに声が聞こえる。

 光がないはずなのに姿が見える。

 存在を定義するための空間がないはずなのに存在している。


「私にに勝てると思わないことね」

「何言ってやがるソロネやケルブ、セラフすらも俺は切り伏せることができたんだぞ」

「だからどうしたと言うの。()()()()()()()()()()()()()()


 その一言で壊れた世界が再生する。


「お前のは同系統コンセプションか、それとも無効化ディスペルか?」

「答える謂れはないわね」


 天使は腕を振るう。

 一瞬前にはなかった錫杖がその手に握られていた。


「さて、それじゃ終わらせましょうか」


 錫杖の先端に青年が持つティルヴィングと全く同じ刃が現れた。


「あなたの本物オリジナルと私の偽物フェイクどちらが勝つのかしらね」


 刹那、間合いを詰めた天使は目で追えない速度で錫杖を振るい、

 青年は辛うじて受け止めた。

 そして続けざまの二合目で叩き斬られた。

 青年のティルヴィングは塵となって虚空に消えていった。


「ふざけてんな、全てを斬り裂く魔剣を斬るってのはおかしいだろ」

「だから言ったでしょ、()()()()()()()()()()()()と」

「そうかよ」


 青年は次にダーインスレイヴを召喚した。

 一度抜けば血を吸うまで暴れる、魔剣の代表的なものだ。


「だから、通用しないと言っているでしょう」


 何の予兆もなく、煌めく閃光が放たれた。


「なっ」


 光を浴びた剣がぼろぼろと風に消えていく。


「諦めなさい、あなたたちは私ののんびりした日常をぶち壊したんだから、相応の償いをしてもらうわ」

「てめぇが最後の最後までぐーたらしてただけだろうが」


 何と言ってもこの戦闘の原因は諸事情により青年が天界まで攻め込んで暴れまわったところからさらに前にさかのぼる。

 そしてこの天使が戦っている理由は単純に自分のサボり癖が酷く、その分の仕事をしているだけだ。


「それの何が悪いのよ! 毎日毎日下らない仕事ばかり」

「それがてめぇら天使の存在理由だろうが!」

「なんですって!」


 下らない口喧嘩に発展しそうだったので青年は次の一手を唱える。


「来たれ、波の乙女」


 かなり前に契約を交わした水の精霊だ。

 お互いに詳しくは語らず、生きるために魔力をもらう側と目的のための戦力なってもらう側。

 ただそれだけだ。

 声をかけられた精霊はいつものように、青年の身体から溶けるように存在を現し、物理法則をまるで無視して水球を創りだす。

 それに隠れて魔術を組み上げながら。


「弾けろ!」


 さらに気を引くために爆発させる。

 言の葉一つで事象を引き起こし、そこにあるものを改変する。それが魔術。

 天使の注目が逸れた数秒。

 そこで本命を呼び出す。


「グリモワール」


 掠れるような声で呟かれたそれは、青年が書き上げた一冊の魔導書。

 独特の暗号化方式で書かれたそれは、所持するだけで不幸を呼び寄せ、適切な解釈法なしで読めば即座に隠滅の魔術が発動するもの。魔を導く書、名の通り魔力を流す回路のようなものだ。


「ん?」


 呼び出しはしたのだが、妙なものまで一緒に引き寄せたようだ。


「びしょ濡れじゃない!」

「知るか!」


 応酬に数発の光弾が飛来し、躱しながら火炎弾を放つとそれを受け止められて、あまつさえその熱を使って服を乾かす天使。


「ったく」


 中々落ちてこない魔導書に目線を向けると、何やら二人ほど巻き添えで呼び寄せられたらしい人影が落ちてきている。


「あらあら、あれがあなたの召喚したもの?」


 すぅっと、翼を動かすことなく堕天使はそちらに飛んでいく。

 後を追うように自身も飛ぶが、魔術の適性とでも言うべきか、追いつけない。


「チッ、ティア! 誰か連れてこっちに来い」


 声を魔力に乗せて叫ぶと、青年は自身の最大速度まで加速した。



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